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セミナーやワークショップで他の受講者たちより深い学びを得る秘訣

セミナーやワークショップなど、いわゆる
「学びの場」に参加したら、なるべくきっと、
沢山の気づきや学びを得て帰りたいと思うもの。

でも、同じ会に参加したとしても、人によって、
「沢山の気付きを得て帰れる人」と、
「その時は聞いてたつもりでも結局あまり得られていない人」がいます。


この違いって、どこから出てくるのだろうって考えて、
ふと気づきました。

必ずしもそうではありませんが、
「深い気付き」が得られる人って、
スタンスがちょっと他の人と違うんです。



彼らは、セミナーやワークショップに参加する時、

「自分がこの内容を『教える立場』だったら」

って考えながら、受講しているようでした。
(自分含む)



同じ内容の講義を聞いていても、それを、

「受信者」として受け取るのと、

「次の発信者」として受け取るのでは、

姿勢も視点も、全然違うものになります。




「受信者」として受け取ると、
どんな話も、表面的にしか捉えられなくなりがちです。

それはそれで別に悪くはないのですが、
「次の発信者」として受け取っていると、講師の話を聞いていて、

「今この人はこれをどういう意図で言ったんだろう」

って、少し深い部分まで考えられるようになるのです。

自分が、その同じ知識を発信する立場の自覚があると、
自分とその講師とで、言葉選びの違いや、話し方を、
比べることができます。


「自分だったらどう言うか」の視点が持てると、
相手の言動に対する「なぜ」が考えられるから、
結果として、より深い気付きに繋がるわけですね。

(なお、「他の受講者たちより」って比べる必要は、
本当は別にないのですが・・・)


もし、受講者全員が、そういった視点で講師の話を聞けるようになると、
ものっすごい密度の濃い時間になりますよね。





基本的に人間は何でも、「インプット」しただけでは、
その知識や技術を、自分のものとして体に馴染ませることができません。

「アウトプット」することを通して初めて、
その知識を自分にあう形でしっかり「理解」することができるのです。


セミナーの途中で、グループワークをしたり、
発表したりというアクションが挟まるセミナーが、
なんだか価値あるものに感じられるのは、
そういうアクションで「アウトプット」のフェーズを挟むことで、
講義内容をより深く落とし込ませようとする施策なわけです。


そして、「最高のアウトプット」の形ひとつが、

「自分がその講義を同じように講師として話すこと」

なのです。


「あの先生はこのことを、
こういう体験談と絡めて説明していた。
自分だったら、どんな体験を事例にできるだろう?」
って考えられると、自動的に自分の体験と、
その時学んだ内容が、深くリンクすることになります。

自分の体験と深くリンクした知識というのは、
ただ表面的に見聞きしただけのものより、
自分にとって「深い学びや気付き」になりやすいのは、
それは当然のことです。





こういうことを考えていくと、
だからそもそも、「発信」という行為自体が、
より日常を深いものにしていくということも言えますよね。


「発信者」は必ずしも、その発信内容について、
「完璧に知ってる・分かってる」から発信できるわけじゃないのです。

自分が学んだこと、感じたこと、気付いたことや考えたことを、
「発信」というアウトプットを通じて、
自分の中に落としこんでいるのです。

僕自身、こうしてnoteを書いていることもそうですし、
mixiの時代から、今なおFacebookに至るまで、
ずっと人一倍発信をしていますから、よくわかります。


「発信」をするから、
「知ってる・分かってる」っていう状態に、より近づくことができ、
さらにその先の「できる」という状態に到達しやすくなるのだと。



ですから、別に実際に講師をやるかどうかはともかくとして・・・・

でも、セミナーなどに参加したり誰かの教えを受けたりする時は、
「自分がそれを教える側に回る前提」
というスタンスで、聞いてみるといいと思います。

そうすると、より注意深く聞き取り、
より深い部分を受け取れるようになるのではないでしょうか。



というか、「講師」って言い方をすると大仰ですけど、
「後でその話を知らない友達にシェアする」
というだけのことでもいいのです。

シェアする前提で、
「何て説明したら分かりやすいだろう?」
って考えてみてください。
当然、Facebookとかで発信するのだって、有効でしょう。


そして勿論、本当に「自分が講師をやる」なら、
それが最高の学びになることは間違いありません。






とにかく、誰だって、
「受け取るばかり」なんてことはないのです。


誰かからは受け取る側でも、
別の誰かに対しては「与える側」なのです。

ペイバック(恩返し)でも、
ペイフォワード(恩送り)でも、
方向はどっちでもいいのですが、
いつかは必ず、「与える側」になるものです。


ですから、自分が、「与える側」「次の発信者」だって、
そういう意識を持つことって、今この社会で、
すごく大切なことだと、僕は思うのです。

すべての、すべての人にとって。





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