見出し画像

遺伝子多型による「食道がん」リスク

「食道がん」サバイバーを目指すアラカンのオッサンです。前回、食道がんの要因について書きましたが、飲酒との関連性について理系酒飲みの理屈っぽい解説をします(長文かつ面倒臭い記事です)。

分子生物学により、いわゆる「下戸遺伝子」が発見され、この遺伝子型を持つ人は訓練してもお酒に強くならないことが明らかになりました。

しかし、僕もそうですが飲酒を続けるうちに段々と強くなった、という話は良く聞きます。これは、分子生物学の敗北を意味しているのでしょうか?

まず、お酒に弱いというのは、どういう状態かを定義します。

アルコールの麻酔効果で脳が麻痺する状態を「酔う」と言います。酩酊状態になると知覚や運動能力が鈍り千鳥足になったり、同じ話を大声で繰り返したりします。更に進むと「昏睡期」となり、意識を失い呼吸困難になり、最悪の場合は急性アルコール中毒で死に至ります。また、お酒を飲むと顔が火照ったり、動悸、頭痛、嘔吐などの不快症状が出ます。これは、「フラッシング反応」と言いアセトアルデヒドの毒性によるものです。

お酒に「弱い」人とは、「酔う」+「フラッシング反応」の出る人と定義します。

アルコール(メタノール)は体内に入ると二段階に分かれて分解されます。

1)アルコール ⇒ アルコール脱水素酵素(ADH)⇒ アセトアルデヒド
2)アセトアルデヒド ⇒ アルデヒド脱水素酵素(ALDH) ⇒ 酢酸

酢酸は、最終的には水と二酸化炭素に分解されます。二段階の分解に関わる二つの酵素(ADHとALDH)は、タンパク質です。タンパク質とはアミノ酸がたくさんつながったものです。どのアミノ酸をどういう順番でつなげるかによって、異なったタンパク質が作られます。

このアミノ酸の順番は、遺伝情報として遺伝子(DNA)にコードされています。ここで、遺伝子についての基礎的な説明をします。

私たちは精子と卵子の授精によって生まれます。精子には父親由来の23本の染色体があり、卵子には母親由来の23本の染色体があります。受精卵には、父親由来と母親由来の相同する染色体がセットとなって46本の染色体が含まれています。

それぞれの染色体には遺伝情報としてDNAが含まれています。つまり、ヒトは二重らせん構造のDNAを父親由来と母親由来の二組持っているということです。

DNAは4種類の塩基(略号でA、T、C、Gと書きます)が連なったものでヒトゲノム(人間のDNA配列)の場合は30億の塩基からなり、その配列の99.9%は性別・人種関係なく同じだそうです。つまり、父親由来のDNAと母親由来のDNAでは、0.1%の差があると言うことです。

この「差」とは、何らかのタンパク質をコードしている配列の一部の塩基が異なっているということで、1個の塩基が異なる場合を「一塩基多型(SNP/スニップ:Single Nucleotide Polymorphismの頭文字)」と呼びます。ちなみに多型とは、集団内に1%以上の頻度で存在するものを言います。

ADHもALDHも1種類ではなく何種類かあるようですが、その中でADH2とALDH2と呼ばれる酵素のSNPがアルコール分解に大きく関わっていることが分かっています。

ADH2の場合は、[]で囲った部分がAとGで入れ替わっています。こういうAとGが入れ替わるSNPをA/Gジェノタイプと呼びます。日本人のADH2の場合は、Aの方が優性(つまり数が多い)です。

活性型(His) :・・・GGA ATC TGT C[A]C ACA GAT GAC・・・
不活性型(Arg) :・・・GGA ATC TGT C[G]C ACA GAT GAC・・・

大文字のATGCは塩基で、それぞれアデニン、チミン、グアニン、シトシンと呼ばれるもので、頭文字をとって表記されるのが普通です。それぞれを3個ずつの塊で書いているのは、塩基3個で一つのアミノ酸をコードしているからで、3個の塊をコドンと呼びます。

塩基が入れ替わっている部分では、CACがコードするヒスチミンがCGCがコードするアルギニンに変わっています。ADH2のアミノ酸配列のうち、この1個が変わるだけで酵素活性が異なるのだそうです。

同じようにALDH2の場合です

活性型(Glu) :GCA TAC ACT [G]AA GTG AAA ACT
不活性型(Lys):GCA TAC ACT [A]AA GTG AAA ACT

こちらでは、GAAがコードするグルタミン酸がAAAがコードするリジンに変わっています。

前の部分で書いたように父親由来のDNAと母親由来のDNAで、ADH2やALDH2をコードしているアレル(遺伝情報の同じ場所にある塩基のこと)に多型があると酵素が不活性化(働かなくなること)します。

ADH2の場合、(His/His)型、(His/Arg)型、(Arg/Arg)型の3種類の組み合わせがあり、ALDH2の場合、(Glu/Glu)型、(Glu/Lys)型、(Lys/Lys)型の3種類があり、両方を合わせるとヒトには9種類の組み合わせがあることになります。

遺伝子タイプ別に分けると次のような特徴があります。

1)(His/His)型 +(Glu/Glu)型
アルコールを速やかに分解しアセトアルデヒドも直ぐに分解する人。全く酔わないしフラッシング反応もない人。いわゆる酒豪タイプ

2)(His/His)型 +(Glu/Lys)型
アルコールは速やかに分解するがアセトアルデヒドはなかなか分解できない人。酔わないけれどフラッシング反応があり、飲みすぎると気持ち悪くなる人。

3)(His/His)型 +(Lys/Lys)型
アルコールを速やかに分解するがアセトアルデヒドを全く分解できない人。酔わないが、フラッシング反応があり、必ず気持ち悪くなる人。いわゆる下戸タイプ

4)(His/Arg)型 +(Glu/Glu)型
アルコールは中々分解できないがアセトアルデヒドは直ぐに分解する人。酔いが回り二日酔いにもなりやすいが、フラッシング反応はなく飲みすぎても気持ち悪くならない人。

5)(His/Arg)型 +(Glu/Lys)型
アルコールを中々分解できずアセトアルデヒドも分解しにくい人。酔いが回り二日酔いになりやすく、フラッシング反応があり飲み続けると気持ち悪くなって行く人。

6)(His/Arg)型 +(Lys/Lys)型
アルコールを中々分解できずアセトアルデヒドを分解できない人。酔いが回り二日酔いになりやすく、フラッシング反応があり必ず気持ち悪くなる人。いわゆる下戸タイプ

7)(Arg/Arg)型 +(Glu/Glu)型
全くアルコールを分解できないため、酔いが回り二日酔いになりやすい。いわゆる下戸タイプ。

8)(Arg/Arg)型 +(Glu/Lys)型
全くアルコールを分解できないため、酔いが回り二日酔いになりやすい。いわゆる下戸タイプ。

9)(Arg/Arg)型 +(Lys/Lys)型
全くアルコールを分解できないため、酔いが回り二日酔いになりやすい。いわゆる下戸タイプ。

一般的には(Lys/Lys)型の遺伝子を「下戸遺伝子」と呼ぶようですが、(Arg/Arg)型 や(Glu/Lys)型にも下戸タイプはいます。

これらのタイプのうち、2)と5)のタイプは、遅いながらもアルコールもアセトアルデヒドも一応は分解できますから、飲み値が上がって行くに連れて「慣れ」てきて「飲める」ようになる可能性があります。たぶん、僕もこのタイプなのでしょう。

こういう遺伝タイプの人が「飲める」ようになる現象から、「酒は訓練次第で飲めるようになる」と言う誤った認識が生じたのだと思います。しかし、(Arg/Arg)型や(Lys/Lys)型の人は、どんなに訓練しても「飲める」ようにはなりません。このタイプの人にお酒を無理やり飲ませることは「殺人」行為です。

さて、ここから本題ですが、一塩基多型は「がん」を始めとする多くの疾患の遺伝子としても研究されています。ADH2やALDH2も例外ではありません。

(Arg/Arg)型の人は「下戸」タイプですが、メタノールがアセトアルデヒトに分解されない(遅い)ため、気持ち悪くなることがなく深酒をする傾向が強いことが証明されています。そのため、翌日までエタノールが残り酒臭くなりやすく、更にはアルコール依存症になりやすいそうです。また、(His/His)型に比べ「がんリスク」が4倍になります。

また(Glu/Lys)型の人は体内にアセトアルデヒドが分解されずに長時間蓄積されるため「がんリスク」が高くなります。同じくアセトアルデヒドを分解しない(Lys/Lys)型の人は、基本的にお酒を飲めない(飲まない)ため「がんリスク」は低くなるそうです。

また、アセトアルデヒドはタバコにも含まれています。(Arg/Arg)型 +(Lys/Lys)型の人がタバコもお酒も飲んだ場合、食道がんになるリスクは、(His/His)型 +(Glu/Glu)型で酒もタバコもやらない人と比べて、実に190倍になるそうです。

自分の遺伝子タイプを知ることが、お酒を楽しく飲むために必要ですし、がんリスクを知る上でも重要だと考えます。

ちなみに、このことは8年前に調べて別の日記に書いていました。自分で飲酒による「食道がんリスク」が高い事を書いておきながら、気にすることもなく飲み続けていた訳です。

知識が身についていないことの典型です、僕のような理系バカは「知る」ことを重要視しますが、「知ったことを活かす」ことは軽視する傾向があると思います。自らを省みて「頭でっかち」と言うか、「知的バカ」というか、本当に阿呆です。

その結果が、「食道がんステージⅢ」になったとも言えます。8年前にリスクが高いことを真剣に考えていれば、毎年一回は内視鏡検査などの「がん検診」を受けていたでしょう。

そうしていれば、「あと5年早ければ内視鏡で取れていた」と言われずに済んでいたかも知れません。食道も胃も温存出来て、以前と変わらぬ生活を送れていたのかも知れません。

今更、後の祭りですけど、自らの愚かさが招いたことですから自分の責任で対処していくしかありません。

フラッシング反応があって、お酒が好きな人は年に一回は「がん検診」を受けて下さい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?