タマ(小説)

「猫の手も借りたい」私は思いました。今日中に仕上げなくてはならない原稿。とても無理に思えました。私はタマを抱き上げて「お前が原稿を書いてくれれば良いのにな。毎日ごはんを上げているのだから、少しは手伝っておくれ」と言いました。膝の上にタマを乗せて、机の上のノートパソコンのキーボードに前足を置かせました。「お題は春だよ。さあ、書いておくれ」もちろん、それは戯れでした。タマは首を曲げて私の目を見ました。そうして再びパソコンに向かうと、その前足を交互に動かし始めたのです。「春の訪れが私の眠っていた恋する気持ちを呼び覚ました」パソコンの画面にタマの打った文字が表示されました。私は少なからず驚きました。狂気というものが私にもついに訪れたのかもしれません。私のこめかみのあたりからスッと汗がこぼれ落ちました。タマは打ち続けました。「女は桜の木を望む土手のベンチの上に座っていた。真っ白な毛に覆われた柔らかなからだ。私はどうにかしてそのからだに触れて願わくば自分のものとしたいと考えた。女は私の妄想からするりと抜けだしてベンチから飛び降りて草の上を早足で去っていった。大丈夫だ。またすぐに会えるに違いない。恋をすると世界は一変する。太陽はきらめき、風は囁く。鳥の詩、川のせせらぎに私の心は揺り動かされた。すべてのものに意味があり、すべてのものに価値がある。生きていることはただそれだけですばらしい」私はこの夢見る猫に腹立たしさを覚えました。「おまえの恋愛などどうでも良い。盛り付きやがってバカヤロウ。出て行け。もう二度と帰ってくるな」私はタマの首を掴んで玄関から放り出しました。「しかしたまげたな。タマだけに」

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