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猫に読み聞かせる

風呂に入っていると、猫がひと鳴き、ふた鳴きした。真夜中の冬に、寂しそうな声だった。

姿は見えないけれど、窓の向こう、塀の上だろうか、近くにいる。
家の近所を通る猫は全員にゃあこと名前を付けている。
「にゃあこ」
と声に出して呼んでみるとしばし静かになって、足取りが止まったような気配がして、今度は小さな声で、甘えた様子でひと鳴き返事をした。かわいい。

きっとふさふさした毛並みのあの子か、しましまのあの子か。いつもすがたが見えないのだけど。

塀の上を通るらしく、たまに鈴の音が聞こえる時もある。だれかに飼われていても、真夜中に猫は散歩するものなのか。猫のことを詳しくは知らない。

実家の家のまわりをうろつく猫のことも、なぜか家族はにゃあこと呼んでいた。飼っている犬のぺこはにゃあこが嫌いで、だれそれ構わずに、にゃあこの姿をみつけるといつも怒ったように吠えた。それがかわいくて、にゃあこがいたよ!にゃあこか?!とか言って、神経をとがらせてからかう。いつも騙されて、怒った顔になる。それがまたかわいかった。

アパートの外の塀をにゃあこが通り、ひと鳴きした頃、わたしはというと湯船に浸かって、友人が書いた小説を読んでいた。
小説を書いている友人は出来上がった原稿をよくくれるので、わたしはそれをだいたい湯船で読む。
部屋で読んでも、電車で読んでも、アトリエで読んでも良いのだけど、だいたい湯船で読む。一番集中できる。

アトリエがない頃は、だいたい部屋でなにかつくったり、描いたりミシンを踏んだりしていたから、風呂の中が唯一の制作と切り離された場所だった。
毎日湯を沸かしている。冷え性で足が寒くて夜眠れないのと、風呂が好きなのだ。銭湯もよく行く。

ふと思い立って、その小説を猫にも読み聞かせてみる。ちょうどきりがよく、新しい話を読み始めたところだった。 途中で猫は多分立ち去ってしまったけど、朗読は続けた。400文字の原稿が4枚ほどでなかなか長かったので、すっかり喉が渇き、のぼせてしまって気持ち悪くなった。


小学生の頃、朗読がうまいと褒められた。
丸読み、というのがあって短い文を丸のところまで順番に読んでいくやつ。
皆んなが読み終わって、話が終わったときに、先生が「いちばん聴きやすかったのはかなこさん」と言ってくれた。恥ずかしくて下を向いていたら、
前に座っていた男の子が振り返って、「とろいだけだろ」と言い、すこしの自惚れから目が覚めた。

思えば皆んながしんとしている場所で、なにか本を読むのが前から結構好きかもしれない。朗読というのか。誰も聞いてなくてもいい、とろい読み方でもいい。ただ読む。

喫茶店が好きだけど本は読まない。隣の席の人の会話が気になってしまうのだ。

それにしても気持ちが悪くなった。
早めに上がって、冷蔵庫から取り出してサイダーを飲む。


(20200108)

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