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カキフライの季節

展示会の準備に追われているときは、毎回こうなると、ひとりぼっちで卒業制作をしているみたい。
他のみんなは卒業して行って、一人だけまだ残っているみたいな感じである。来る日も来る日も同じようにミシンを踏んだり、あれやってこれやって、と考えて、日が暮れていく。

あまりに喋らなさすぎるのと、食事とらなさすぎて衰弱してきているような気がして、近所の割烹屋さんへ行く。

一度近所を散歩しているときに発見し、思い切って入ってみたことがあり、とても美味しく、ランチなら高くないからわたしでも入れる。そして人があまりいないのも魅力である。
男の人が一人でやっている割烹屋さん。わたししかお客がいない。

親子丼を食べたいって来る前から決めていて、やっぱり親子丼にする。
他のメニューも一応眺めて、海鮮丼や西京焼きにもちょっと惹かれたけど心が決まっている。こういうときのわたしは迷いがなくていいなって思う。
洋食屋さんに入った時は、オムライス。大戸屋に入った時は、かあさん煮。大抵決まっている。気が多くない、一本筋のほうだと、自分のことを思う。

「3連休はどこかに行くんですか」
と聞かれて、そういえば3連休か、と気づく。
「家で仕事しているからずっと仕事ですね」
と答えると、
「美術系ですか?」
と尋ねられる。

よく、人に美術系ですか?と聞かれることがあるのだが、そんなに美術っぽい感じを漂わせているのだろうかな、とまた思ったけれど胸にとどめておく。

「うちはなぜだか美術系のフリーランスの人がお客さんに多くて、これ」
と棚から何か取り出して見せてくれる。
ご主人を描いたイラストだった。とてもキリッとしている。劇画調なのだ。
「こんなにキリッとしてないですよね」
と絵と自分の顔と並べてみせてくれ、笑うご主人。
「でも似てますよ」
と言いながら、わたしもつられて笑ってしまう。帽子や佇まいなど、特徴をとらえている。
でも目がなんにせよきりっとしている。
「酔っ払って、ちょっと盛っちゃったかなって、お客さんも言ってたんですよ」
そう言って、なんだかおかしくて二人で笑った。

「僕は絵を描くセンスがないから羨ましいな。
料理でも、さっき話したキノコみたいに、キノコだったら茶色で、彩りが無いでしょう。でもそこに赤や青があったらいいなあとは思うんですけどね。お皿一つを選ぶにも、これとこれ合わせたら美味しそうに見える、とかお腹が空くなあとか、あるじゃないですか。そういうのがねえ。」
そう言って下を向いてしまう。うまくできないんですよねえ、と言いたそうにしている。

「たまに美術館も行くんですよ」
と話してくれる。
「やっぱり綺麗なものを見るのはいいですよね。」

「これからはカキフライの季節だから、また来てくださいね」


広島や岡山に出張で行ったとき、漁師町を通り、カキフライの旗が立ったお店があった。
皆んなで入ろうか!と言って、カキざんまいのメニューを食べた。
混ぜごはん、生牡蠣、お吸い物、そしてカキフライ。
カキフライをひとくち食べてわたしは驚く。
近所の割烹屋さんのほうが美味しかったのだ。
カキは大きくて新鮮なはずなのに、衣の種類か、調理の仕方なのか、とにかくあまり美味しくなかった。工場の皆さんにご馳走になってしまったし、こんなにカキづくしのメニューを食べれて幸せなことはない、とも思っていたのだけれど。カキフライだけは、近所のほうがおいしいと感じていた。あのご主人って腕がいいのだ、とそのとき思った。

そのことを割烹屋さんに話すと、
「漁師町でそうやって出すお店には半端ものだったり、たいして質のいいものは出ないんですよ。うちでは新鮮で等級のいいものをだしているから。」
決して傲らない。そういうところが良いなと思う。

お客さんはだいたい70〜80代で、今日も病院帰りなのよねえ、とご主人に話している。
お客さんが震えた手で、リハビリだと言って、わたしにお茶を淹れてくれたりする。

ご主人は包丁を研いでくれたり、さばけない魚を持ち込むと調理してくれたり、調理の仕方を教えてくれる。

「若い人には、栄養のとれたものを食べてほしいって思うんですよ、どんなに忙しくてもコンビニばっかりじゃ体に良くない、体が資本ですからね。」
そう言って簡単につくれる作り置きの料理なんかも教えてくれる。
「お味噌汁に野菜をすこし足すだけでもいいんです。それでたまにうちに来てくれれば。」
と笑う。

きちんと調理されて、栄養のとれた食事はおいしい。体もほっとするし、力がでるんだな。

こういうことを教えてくれた大事なお店には、大事な人たちを紹介したくなる。両親や友人、大家さんも連れていった。

だいたい10月くらいになるとカキフライを楽しみに、だれかを誘って、それからひとりでも、何度か食べに行く。


(20171008)

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