いつか、地中海のまん中で。
人生も半分を超えると多くの事があって、その時は「一大事!」と思っても、すぐに思い出せなくなってくる。
今では積み重なった過去の経験が色眼鏡をかけてしまい、新しい事に出会ってもなかなか「心躍る」とまでのレベルには遠い。
そんなわけで「今までで一番の乾杯」は私の中であいまいで、説明するのはむずかしいのだけれど、印象に残る「乾杯」シーンを書いてみようと思う。
見ず知らずの世界を、一人で訪れた。
地中海の美しい島「マルタ共和国」へ、英語を勉強しに。
大胆なわりにとても小心者の私は、ささいな心配事でいつもお腹を壊す。
行きのフライトから、乗り継ぎや到着後のことが心配で落ち着かず、緊張で胃はキリキリ痛む。
マルタについてからも、新しい出会いと日本とは異なる環境に脳が興奮状態で、ベッドに横になってもほとんど眠れなかった。
そんな中、現れた救いの女神。
それは同じ学校で日本語を教えている先生・ミキさんからの誘いだった。
「日本語のクラスに遊びに来ませんか?」
マルタ滞在中はあまり日本語を使わないようにと、自分のルールを決めていたけど、そこは日本語のクラス、日本語を堂々と使う格好の口実。
ドキドキしながら参加する授業。
生徒はみんなマルタ在住の大人たち。
親しみやすい雰囲気の中で、日本語の使い方を英語で説明する難しさを知ると同時に、母国語で会話できることの有難みも実感。
喜びの気持ちが、気がつけば体調を回復させていた。
なんどかお邪魔するうちに生徒の皆さんとも親しくなり、彼らはみんな、私の初めての「マルタの友人」となった。
そして有志で開催するパーティーにも参加することに。
クラス1のグルメ番長、クリスさんのセッティングで。
穏やかな地中海性気候のはずなのに、なぜか異常気象が続くマルタ。
パーティー当日は、午後からまたもや激しい雷雨。
ミキさんの家の近所はヒョウも降ったとか。
「大丈夫かな?」とメッセージをやり取りするうちに雨も上がり、遅れがちのバスで待ち合わせの首都バレッタへ。
ミキさんと合流後、レストランのある町へ向かうバスに乗り込んだ。
最寄りのバス停を降りた頃には薄暮れて、照らされた街並みのシルエットが美しかった。
密集する建物の、曲がりくねった道を歩いてゆく。
たどりついた、ひっそりとした佇まいのレストランは、マルタの歴史が刻まれた一軒。
ドアを開けると家庭的で、落ち着いた空間。
フロアの地下には、今でも戦時中に使われた非常脱出用通路が残ったままになっている。
オーナーのシックな装いがとてもダンディーで、素敵。
思わず日本語で「かっこいい!」って言ってしまったほどだ。
テーブルには人数分のテーブルウエアと前菜。
地元で採れた、オーガニック野菜がたっぷりのカラフルな盛り合わせに、思わずカメラを向けた。
約束の時間になりメンバー全員が揃って、マルタで作られたワインをあける。
「乾杯!」
みんなでグラスを合わせて、喜びあいながら、ゆっくり口に含んだ白ワインを飲み込む。
すっきりと、よく冷えたワインが喉をとおった。
気持ちいい。
そして感じた。
日本にいた時に「思い描いた瞬間」が目の前に広がっている。
地元マルタの料理を、
マルタのワインで、
マルタで出会った仲間たちと「乾杯!」
きっとこの瞬間のために、ここに来る運命になっていたのかもしれない。
そしてマルタは私の故郷の一つになった。
帰国後、ミキさんクリスさんの力を借りて、マルタのワインを楽しむ本を書いた。
この時はまだ、ぼんやりとしか思っていなかったのに。
今年マルタに行く予定は延期になってしまうけど、いつか必ず。
そしたらみんなで、
また乾杯しよう。
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