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manipulate を日本語でなんと言う?

適切な訳語がない

海外の映画を見ていて気がつくのは、会話のなかで manipulate(人を操る)や exploit(搾取する)といった単語がよく出てくることだ。今日、映画館で見た『ビートルジュース ビートルジュース』でも、高校生の登場人物がごく当たり前に使っていた。こうした言葉が出るたびに、日本と海外の差を感じてしまう。海外の文化圏では、他人を自分の思い通りに動かすために、物事を大げさに表現したり、脅したり、混乱させたりといった手段で操ろうとするのは倫理的に間違っているという社会全体の了解がある。だからこそ「他者を manipulate する」という言い回しが自然に出てくるのだが、これに呼応する日本語はないような気がするのだ。「あの人は他人を操る」みたいな言い方を、日常会話で聞いたことがない。たまに「○○さんは洗脳するからね」といった表現を耳にする場合があるが、そもそも manipulate が対人関係において悪であるという認識が弱い気がする。その結果、元大阪府知事の某氏のように「交渉術」などと称して、他人を操って従わせる支配的な方法を武勇伝として吹聴しても、さして非難されないのが現状だ。

これは exploit も同様で、他人の無知や善意につけこんで奪う行為はよくない、という前提が共有されていないような印象がある。日本語の搾取さくしゅという単語はどちらかといえば書き言葉で、普段の会話ではあまり使わない。また搾取にはマルクス主義的なイメージがついてまわるが(「余剰価値」とか「20エレのリネン」とかのアレ)、その目的は金銭だけではなくて、精神的な搾取や、性的な搾取もある。実際に欧米では、他者のリソースや尊厳を不当に奪う行為全般が exploit としてとらえられている。ところが日本では「人の無知や善意につけこんで奪う行為」に対する警戒心が、欧米と比べてまだ鈍いという印象があるのだ。manipulate や exploit は公平性に関する言葉だが、これらに相当する的確な日本語がまだないというのは、そもそも日本人がそうした悪意を前提にしていないからだという気がする。

言葉が先にあって、認識が生まれる

また predator もそれに似ている。直訳すれば「(性的)捕食者」という意味で、次から次へと女性に対して性的なアプローチ(加害行為含む)をしかけて、行為に及ぶ男性を指す。映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインなどが predator と呼ばれる人物の例だ。女性の身体を略奪する攻撃的な行為が加害であって、社会的に許容されないという非難の前提を含むワードが、日本語にはまだない。日本語だとどうしても、「遊び人」「女好き」のような、なにか風流な趣味のように形容される傾向があって、predator という語の持つニュアンスからは遠ざかっている。適切な訳語がないのである。女性に対して過度な性的アプローチを行ったり、多数の女性と関係を持つような男性の強引さを、加害性を前提として考慮しつつどう呼ぶか、その呼称が定まっていないのが現状なのではないか。

こうした場合、まずは該当する行為を指す言葉を正しく定めることが必要だと思う。たとえば世間的に、女性への性的いやがらせが悪いことだと認識されたのは、なにより「セクハラ」という言葉を作って流布させたのが大きい。まずは呼称が大事なのだ。manipulate / exploit / predator といった英単語に適切な訳語を与えて、正しいニュアンスを含んだ日本語として多方面に浸透させるのは、必要な作業なのではないか。言葉があれば概念が広く伝達される。映画を見ていてこうしたワードが出てくるたびに、適切な訳語がないことを不安に思う。ここは海外文学を訳している翻訳者の方なんかが適役だと思うのだが、これらの語彙が持つ警告のニュアンスをうまく加味した上で、伝わりやすい日本語をあらたに考えてほしい。呼称があってこそ、正しい認識が始まるのである。

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