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『第七天国』と、完全な愛のかたち

渋谷シネマヴェーラの特集上映「素晴らしきサイレント映画III」にて鑑賞。1927年上映のサイレント映画です。本作のエンディングが『ラ・ラ・ランド』(2016)の「ありえたかもしれない未来」描写に影響を与えた、とも言われています。フランスを舞台とした作品ですが、アメリカ映画であり、サイレントフィルムのため音声でのせりふはありませんが、途中に出てくる字幕はみな英語です。同年に初めてのトーキー作品である『ジャズ・シンガー』が公開されており、映画史的にはサイレントからトーキーへの転換が始まります。第1回アカデミー賞の、監督・女優・脚本賞を受賞しています。

まばゆいばかりの純粋さ

下水清掃の仕事をするチコ(チャールズ・ファレル)は、厳しい境遇ながらも自信を失わず、自分はたいへん特別な男a very remarkable fellowだと口にし、いつかは地下から地上へ出て街路掃除人になりたいと希望しています。ある日彼は、姉にひどく虐待されていた女性ダイアン(ジャネット・ゲイナー)を助け、警官の尋問からダイアンを救います。彼女を自分の住むアパートの屋根裏部屋へ匿ったことから、ふたりの生活が始まりました。やがてお互いは惹かれあい、結婚にいたりますが、フランスは戦争に巻き込まれ、チコは徴兵されてしまいます。夫を戦場へ送ったダイアンは、屋根裏部屋で彼の帰りを待つのですが……。

チコとダイアンが住むアパートの屋根裏部屋は7階にあり、それが『第七天国』という作品タイトルにつながっているのですが、劇中ふたりが揃って階段を登り、7階の屋根裏部屋まで上がっていくショットは本当にみごとなものです。ドールハウス式のセットを組み、チコとダイアンが階段を登っていく様子を、カメラは上昇しながら追っていきます。若き男女の幸せがふくらんでいく様子が、階段を登るいきいきとした動きに託されているかのようです。さすがに7階建てのセットを組むわけにはいかず、途中でカットが一度切れているのですが、それにしたって3階分のセットを組んで撮っているのですから大したものです。とても見応えのあるシーンで、1927年の映画館はこの場面できっと盛り上がったことだろうと想像します。

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シンプルさがプラスに働く

また、姉に折檻されたダイアンがたまらずに外へ逃げ出し、逃げるダイアンを追う姉が、歩きながら鞭をふるう場面のまがまがしい迫力も実にいい。ダイナミックな動きのある、ほとんどホラー的な恐怖をもたらすといっていいカメラの動きが堪能できます。ダイアンの置かれた過酷な境遇を示す、パワフルなシーンになっていたのではないでしょうか。だからこそ、その後チコと出会うくだりで、観客はダイアンに対してごく自然な共感を抱くことができる。また、ふたりが知り合い、チコが警察官に対してダイアンをかばうような態度を取った後で「なんであんなことを言ったのかわからない!」と叫ぶ場面など、チコという人物の愛らしさ、善良さを示すかわいらしい展開が印象的です。

フィルム全体を貫くのは、登場人物の純粋さ、すねたところのない健全さです。チコとダイアンのカップルだけではありません。共に下水清掃の仕事をする同僚、揃って戦場へ向かうこととなった隣人など、誰もが前向きであたたかな心を持つ人物ばかりです。善人はわかりやすく善であり、悪人もまた明快に悪かったり、人の弱みにつけこんだりします。これはサイレント映画特有の制限もあると思うのですが、字幕でときおり出てくる説明的なせりふ以外、基本は身ぶり手ぶりであらすじを理解させるしかありません。サイレントだからこそ、善悪はわかりやすく描きわけなければ観客に伝わらないのですが、そうしたシンプルさがことごとくプラスに働いているのが『第七天国』の魅力ではないでしょうか。愛は美しい、人とつながることはすばらしい。非常に明快なテーマをこれほどまっすぐに描かれてしまうと、ただ感動するしかないというみごとな作品であったと思います。

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