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俺は男だ、俺は戦士だ!

なんでそんなことするの

YouTubeのショート動画を見ていたら(いま考え得る、もっともムダな時間の使い方)、なぜか氷を浮かべた水風呂に入った大人と子どもが出てきた。どうやら何かのがまん大会、あるいはトレーニングをしているようだ。こんなにたくさんの氷を浮かべた冷たい水に入るなんて、低温の水風呂にハマりすぎた重度のサウナマニアくらいしか思いつかないが、なぜか彼らはここにみずから進んで入っている。あまりの冷たさに顔をしかめる子ども。気の毒である。指導者らしき男性は、平然と水風呂につかりながら野太い声でこう叫び、子どもにも復唱させる。

俺は男だ!

指導者:Who are you? (お前は誰だ?)
子ども:My name is Ayden (ボクの名前はエイデン)
指導者:I'm a man! I'm a warrior! (俺は男だ! 俺は戦士だ!)
子ども:I'm a man! I'm a warrior! (ボクは男だ! ボクは戦士だ!)

「うおっ」と思った。何か見てはいけないものを見てしまった気がして、思わずスマホを置いた。なんで氷をうかべた水風呂に入ると戦士になれるのか、そのあたりの関連性がよくわからないのだが、どうやらこのがまん大会は "The Squire Program" というセミナーらしく、「父と息子の絆を取り戻し、忘れられない記憶を作る」「息子に進むべき道筋を見つけさせ、彼を男にする」ためにおこわれている特訓プログラムらしい。もし自分がアメリカに住んでいて、この会に参加させられることになったらしんどい、と思った。参加費用は1900ドル(278000円)。わりとする。もし278000円あったら、北海道へ出かけて何泊かしたい、おいしいものを食べたいし、冷蔵庫も買い替えたい。その会の説明ホームページを見たら、その日2度めの「うおっ」が出た。

【The Squire Program のホームページ】

強い男とは危険な男だ

ホームページをクリックしてみると、のっけから激しい惹句が並ぶ。"Strong men are dangerous men" (強い男とは危険な男だ)。"Show up as a man to their spouse, kids, and community" (男らしさを、妻や子ども、コミュティに対して示す)。"Big Tech and Social Media Platforms are brainwashing the masculinity out of our boys… Or telling them they're "toxic" (巨大テック企業やSNSは、息子から男らしさを取り除けと洗脳する。「有害」などと称して)。全体的に、すごい気合いがみなぎっているのが伝わる。また「こんな息子にするな」の例もキツい。「タイヤの交換ができない」「ノコギリで木を切れない」「マニュアル車を運転できない」(オートマ免許はダメみたいです)。あっ、私、全部できない。そもそも運転免許がない。もし私がこのプログラムに参加したら、すごく叱られるだろうな……と思った。また「定期的に鬱になり、感情のコントロールができなくなる」「目的よりも目先の快楽を選ぶ」人間もダメなのだそうだ。なんてたいへんなんだろうか、男になるって。こうして氷風呂につかって大声を出さないと、男らしさは絶滅してしまうらしく、彼らはなにしろ必死なのだった。

Soft(ヤワな男)であることをとにかく嫌うのも彼らの特徴だ。「ハリウッドは『弱くていい』『ヤワで優柔不断でいい』と言い立てるが、そんな者はただの道化だ」と斬って捨てる。米映画でもよく出てくる "Soft" という言い回しは、特訓プログラムの指導者から見れば「ダメな男性の典型」なのだろう。このホームページを見ながら、当初私は、あまりに戯画化された男らしさに苦笑していたのだが、しだいに笑えなくなり、ちょっと落ち込んでしまった。なぜならこの特訓セミナーを開催している人たちはふざけておらず、本気だからだ。氷をぎっしり入れた水風呂に浸かって平気な顔をしなくてはならないと、心から信じている。その人生は心安らぐものだったのだろうか。滑稽なほど大げさで、決して他人に弱点を悟られてはならず、つねに緊張を強いられる、虚しい人生を歩んできた男性たちが、こんな物々しいセミナーを開かずにはいられない状況が悲しくなってきたのである。別に Soft でよくないか。YouTubeで3000万回も視聴された氷風呂の動画を見ながら、このセミナーはわりと人気なのではないかという気がして、なんだかやりきれない気持ちになるのであった。

【サウナが好きなので、水風呂にはよく入っている私の書いたスキンケア本です】

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