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『Sea of Solitude』(PS4 / Xbox One / PC / Switch)

鬱の精神状態をゲームで疑似体験する

目が覚めると、怪物に変身してしまっていた少女。誰もいない、水没した町をひとり彷徨う少女の旅を描く、アメリカのビデオゲーム『Sea of Solitude』は「鬱の精神状態をゲームに置き換え、心の動きを疑似体験する」というコンセプトでデザインされている。このゲームには驚いた。もはやビデオゲームは、ここまで繊細なテーマを表現してしまうほどに進んでいたのだ。先日プレイした、ホロコーストから逃げる少年少女を描いたポーランドのインディーゲーム『My Memory of Us ~ちいさなオリーブの花たち~』にも感動したが、『Sea of Solitude』のテーマ性には圧倒されてしまう。2021年3月に Switch での配信が始まり、既にプレイ可能だったPS4、Xbox、PCと合わせてハードが増え、そのきっかけで私も触れることができた。

水没した町は幻想的な美しさで、少女は謎を解くべくあちこちを船で移動し、歩き回る。ところが海には巨大な魚が泳いでおり、少女の動きに目を光らせながら追いかけてくるし、町の水位はいきなり上がったり下がったりを繰りかえしたりと、とにかく安定しない場所だ。家の屋根近くまであったはずの水位が突然に引き、地面を歩けるようになる瞬間が訪れたりもする。また、つい先ほどまで太陽がまぶしく輝き、光にあふれていた町並みが、ほんの少し歩いただけで急に真っ暗になってしまい、雨が降り出すなど、町の容貌は刻一刻と変化していき、どうにも落ち着かないのである。プレイしていると妙に不安になってくる独特の感覚は、あまり味わったことがないものだった。

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苦しみながら開発した製作者

プレイ後に製作者のインタビューを読んで納得したのだが、このゲーム全体が、鬱状態の苦しさをメタファーとして描写しており、鬱を擬似的に体験させる仕組みを持っていたのだ。本作の製作者である Cornelia Geppert は、ゲーム開発中も非常に苦しい精神状態だったらしく「なぜ実生活で鬱に苦しんで、ゲームの中でも苦しまなくちゃいけないの」と半泣きになりながら完成にこぎつけたらしい。私自身は多少落ち込むことはあっても、病院で診てもらう必要があるほどの鬱状態は経験したことがないのだが、よもやビデオゲームがそうした苦しみを理解するきっかけを与えてくれるとは思わなかった。この状態はたしかに苦しいだろうと、プレイしながら感じた。

アメリカのゲームらしく、描かれるテーマはどれも、これまでの米映画、米文学で取り上げられてきたモチーフに重なる。これがヒリヒリするような痛みをともなうエピソードばかりで、実にすばらしい。他人に頼らない個人主義などアメリカそのものだ。機能不全に陥った家族。男らしさとミソジニー、ホモフォビア。学校でのいじめ体験。抱え込んだ苦しみを家族に打ち明けられず、家族から逃げていく父親。男女問わず、どのエピソードにも共感できるだろうし、心の不安が増すほどにゲーム内の光が弱まり、周囲がどんどん暗くなっていく演出など、本当によくできていると感じた。

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ひりひりするような孤独感

ゲームをプレイしていくことで見えてくる、少女が内面に抱えた鬱屈が、幻想的な世界観とマッチしているのもみごと。この幻想世界は少女の思念、内面に広がる世界だろうか。鬱に沈み込んでいく苦しみとはこのようなものか、と想像が働くのである。こうしたシナリオの秀逸さもさることながら、つねに揺れ動き安定しない環境、天気、そしてひりひりするような孤独感といったゲーム世界の設計こそが最大の特徴だろう。よくぞこのコンセプトで、ひとつの商品としてのゲームを完成させるところまで漕ぎつけたと感心してしまう。鬱状態とはこのようなものかと想像力がふくらんだし、これからは苦しんでいる人にもっと優しく接することができそうな気がした。

フルプライス(7000円〜)のゲームだと「プレイ終了まで100時間かかるのではないか」「操作方法を覚えるだけでひと苦労だ」と、その膨大さが億劫で手が伸びないことも多いが、2000円〜3000円程度でプレイできる配信ゲームは、気軽にプレイできるのが魅力だ。そこまで製作予算がかかっていないぶん、テーマの上でも冒険できるし、思い切った作風に挑戦しやすそうである。この風通しのよさから、また驚くべきタイトルが生まれてくることを期待している。最後に、非常に満足度の高かった『Sea of Solitude』、できればタイトルは日本語に訳してほしかった。『ひとりぼっちの海』など原題を生かしたタイトルでもいいし、原題と無関係な新しい名前を考えるのでもいいのだが、よりゲームの魅力が伝わりやすいタイトルをつけるべきだったと思う。そこだけが唯一、もったいないと感じるポイントであった。

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