見出し画像

『シャン・チー/テン・リングスの伝説』と、青春映画のきらめき

マーベル初のアジア系主人公

マーベル初のアジア系主人公となる『シャン・チー』は、カンフーや剣劇、ワイヤーアクションといった香港映画の良質なエッセンスを凝縮しつつ、青春映画のきらめきをも備えた一級の娯楽作品となりました。主人公シャン・チー(シム・リウ)、そして彼のサイドキックとなる女性キャラクター、ケイティ(オークワフィナ)のもたらす若々しさ、はじけるような明るさはどうでしょう。アクション映画、ファンタジー映画としての魅力もさることながら、若者の姿を魅力的に描写したフィルムとしてすぐれていると感じました。

主人公シャン・チーはサンフランシスコに住む青年です。彼はホテルマンの仕事をしており、幼なじみで親友のケイティとのんきに遊びながら、楽しく暮らしていました。しかし彼の平穏な生活は、父親(トニー・レオン)から送り込まれた刺客によって破られます。中国に暮らす妹(メンガー・チャン)の安全を案じた主人公は、親友をともなって中国へと向かいます。主人公の父親ウェンウーは「テン・リングス」と呼ばれるふしぎな物体を所有していました。彼は、テン・リングスの力を用いて強大な帝国を築いていたのです。

画像1

アクションの魅力

予告編でもフィーチャーされていた、バス車内での格闘シーンは非常に新鮮な場面です。揺れるバスの中(限定された狭い空間)で戦うという基本アイデアにくわえて、腕が巨大な剣に変形する敵(攻撃を必ず避けなくてはならない)が登場することで、アクションのスリルは何倍にも増していきます。ここでは、場面構成における「制約のつけ方」が秀逸なのです。最終的にサンフランシスコの坂道を派手にくだっていくバスの車中で、ひたすらに格闘シーンが続いていくに至り、観客の興奮はさらに高まっていきます。ここまで多様なアイデアが詰まったアクションが見られただけでも、劇場へ足を運んだ甲斐があるというものです。

また、キーアイテムである腕輪の使い方にバリエーションが多く、ほとんどなんでもできてしまう魔法のアイテムと化している点も映画を盛り上げていました。これは観客の想像力を刺激し、「持っていたら楽しいだろうな」と感じる、実にいい道具だったと思います。人間が空中へジャンプすると、リングが先回りをして足場になってくれて、持ち主を空へ浮かせてくれる場面など、非常に親切な上に人間の心を読んでくれるのが実にいい。腕輪をミサイルのように発射しても、きちんと持ち主に向かって戻ってくるのも、よく手なずけられた忠犬のようなかわいらしさがあります。映画館帰りに「自分なら日常生活でどう使うかな」と使用方法を考えてしまいました。

若者ならではの熱

サンフランシスコの開放的な雰囲気を反映させた前半、その明るい雰囲気に惹かれます。自由に暮らす若者たち、楽しそうだがどこかくすぶっているモラトリアムな雰囲気もいいものです。シャン・チーとケイティのふたりがすごす、いっけん無為に見えながらも輝いている時間は、若者にしかすごせない貴重な時間で、見ていて胸がキュンとしてしまいます。ふたりとも、表情が愛らしくて素朴な印象があるのが好ましく、いい俳優をキャスティングしたものだと感心してしまいました。

父親を乗り越えていく展開や家族との葛藤も盛り込まれ、ヒーロー映画に欠かせない主人公の成長譚としての側面を高めていきます。またテン・リングスが継承される展開も王道ながら胸にくるものがあり、シリーズ1作目でしか味わえないヒーローの誕生を目撃したという満足感につながりました。しかしなにより本作を魅力的にしているのは、コメディタッチの語り口や青春映画としてのきらめきにほかなりません。エンディング、3人の人物によって熱唱される「ホテル・カリフォルニア」を見た観客は、彼らが発する若者ならではのエネルギーを直接受け取ったような感覚をおぼえるのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?