見出し画像

『目指せメタルロード』と、悩める青少年のための音楽

バンドを始める3人の高校生

Netflixのドラマ『目指せメタルロード』(2022)は、ヘビーメタルバンドを結成する3人の高校生を描いた米青春映画です。原題は "Metal Lords" であり、主人公が尊敬する有名なメタルバンド、すなわち「メタルの王たち」への憧れを示唆していると解釈できそうです(メタルの道= Metal Road ではない)。当初は軽いコメディタッチを予想していましたが、展開は意外に重く、登場人物の悩みも現代的であり、シリアスなテーマを入れ込んでいるのが特徴でした。とはいえ、最終的には青春映画らしいポップな語り口で締めくくる展開が準備されているといったバランス感覚のよさもあり、全体的に好みな作品でした。

同じ高校に通うケビン(ジェイソン・マーテル)とハンター(エイドリアン・グリーンズミス)は、ヘビーメタルバンドを結成し、近く開催されるバンドバトルに参加することが目標です。ハンターはギターを弾き、ケビンはドラム担当。とはいえケビンはまったくヘビーメタルを知らず、メタル狂のハンターに言われたままドラムを叩いているだけです。学校で浮いた存在のふたりは、同級生に嫌がらせをされたりと悔しい思いをしますが、バンドを成功させて一発逆転したいと目論んでいました。バンドにはベースが必要で、彼らはメンバーを探していますが、これだという人物が見つかりません。そんな折、イギリスからやってきた転校生エミリー(アイシス・ヘインズワース)がチェロを演奏すると知ったケビンは、チェロであれば低音が出せると考え、彼女をバンドに引き入れようとハンターに相談するのでした。

悩める少年、ハンター

劇中もっともユニークな登場人物は、間違いなくハンターでしょう。人生のすべてをメタルに捧げて努力したとき、メタルはその想いに応えてくれると信じる彼ですが、どれだけメタル道に邁進しても、内側に宿る怒りや不満は消えてくれません。何より困ってしまうのは、ハンターの家が裕福で、欲しい楽器や機材がいくらでも手に入ってしまう状況です。彼は「恵まれすぎている」のです。映画が始まってすぐ、観客は「まだ高校生なのに、どうしてこんなに高価なギターやらアンプやらを山ほど持っているんだ?」と気がつきます。彼は父親との関係に怒りを感じているのですが、普段は何の不自由もなく、好きな楽器を与えられているため反抗のしようがありません。彼は潤沢な小遣いと引き換えに、異議申し立ての手段を奪われてしまっているといえます。貧乏や機会のなさを怒りの理由にすることもできず、自分でも何が不満なのかよくわからなくなってしまうのです。

メタルへの強すぎる信仰心から狭量になったハンターは、エド・シーランの「シェイプ・オブ・ユー」を演奏するバンドに、軟弱だと因縁をつけて喧嘩を売ろうとしますが、バンドのメンバーはみな穏やかな性格で、ハンターから面と向かって罵倒されても、怒り出すどころか「君もバンドバトルに参加したらどうだい」と優しく声をかけてくる始末。これではハンターだけが悪者です。虐げられているわけでも、貧しいわけでもない。まわりには親切な人だっているのに、つい悪態をついてしまう。自分が社会となじんでいない気がするが、怒りは空回りしてしまうばかり。こうした行き止まりの状態にいるのがハンターです。私はそこに好感を持ちました。青春映画の主人公たるもの、こうでなくてはいけません。

メタルでなくてはならない

物語が輝く場面のひとつに、チェロを弾くエミリーとドラム担当のケビンが、ふたりで初めて音合わせをするシーンがあります。チェロで弾くリフと、ドラムのビートが重なったとき、同じ曲を一緒に演奏している興奮が伝わってきます。この場面の青春映画らしい輝きには圧倒されました。ロックバンドにチェロ奏者がいる、という意外性もおもしろく、画的なインパクトも感じられます。「これから何かが始まる!」という期待感でいっぱいになるこのシーンには、本作でも白眉となるきらめきが詰まっています。また「疎外された者どうしの連帯」というテーマと合致する音楽ジャンルは、やはりヘビーメタルでなくてはならない。ここには必然性を感じます。ヒップホップやギターポップとはまた違った切実さが、メタルにはあるのです。

この物語がユニークなのは、主人公のケビンが傍観者としての役割を保ち続けることです。ケビンは確かに学校で嫌がらせを受けたりもしますが、彼自身は常識的なごく普通の青年であり、他人にも親切さと公平さをもって接し、何ら歪んだ部分はありません。父子家庭の複雑さに悩み、フラストレーションを溜めた問題児のハンターや、精神安定剤を服用しないとキレてしまうエミリーといった人物に寄り添い、彼らを見守る役割があります。メタルに関心のなかったケビンを強引にバンドへ引き込んだのもハンターであり、ケビン自身には怒りや憤りといった感情は希薄です。主人公が傍観者の立場で周囲を観察するという脚本上のアイデアも功を奏し、バンドが結びつきを強める過程がよりクリアに描かれていると感じました。

エンディングは当然ながら、バンドバトルに登場する3人が熱い演奏を繰り広げるシーンで締めくくられます。それ以外の終わり方はあり得ないのです。これまでの鬱憤が一気に爆発するような演奏、その開放感に胸を打たれました。ハンターとエミリーは精神的に成長し、周囲との関係性を取り戻します。ハンターが、これまでとは違ったしかたで「メタルとは何か」をとらえることができるようになるという結末もすばらしい。そしてこれらの題材は、メタルという音楽ジャンルでしか表現しえない切実さをともなっている点で優れているのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?