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『キングスマン:ファースト・エージェント』と、楽しい陰謀論

想像力いっぱいの歴史ドラマ

2015年から始まった『キングスマン』のフランチャイズも3作目。『キングスマン:ファースト・エージェント』は時代をさかのぼり、彼らの組織がどのように生まれたかを描いた作品です。キングスマンの創始者はオックスフォード公(レイフ・ファインズ)と呼ばれる裕福な男性。彼は第一次大戦を防ぐために奔走するのですが、政府や国家があてにならないと判断して、みずからの組織を立ち上げます。それが後のキングスマンであった、というのが本作の基本的な設定となります。歴史ドラマとして楽しめ、なおかつアクションや人間ドラマとしての側面も充実した作品だと感じました。映画としての評価とは別に「フィクションを楽しむ態度」という面で感じたことがあったので、今日はその部分について考えてみたいと思います。

「いっけん何の変哲もない高級紳士服の仕立て屋が、実は謎の組織とつながっていた」という『キングスマン』の設定は、その荒唐無稽さで観客を惹きつけます。今回はそうした設定がより強化され、敵の組織も非現実的なユニークさで映画を盛り上げていました。敵組織の本拠地があるのは、切り立った崖のような、不思議な形をした山の上で、なぜそのような不便な場所に本拠地を作ったのかはよくわからないのですが、そのアクセスのしにくさが「秘密の組織」の雰囲気づくりに役だっています。この非現実性が楽しいのです。頂上には世界の政治情勢を牛耳る謎の男がおり、彼の指示が世界の行く末を決めています。主人公は世界の平和を守るために奮闘するのですが、敵の組織も非常に手強く、最終的には山の上までパラシュートで降下するほかありませんでした。

爆弾を投げられてびっくりしちゃったとき

フィクションと現実の見きわめとは

一方、キングスマンも負けてはいません。彼らは世界中の執事やメイドによって構築される一大ネットワークにアクセスが可能であり、ホワイトハウスの執務室で交わされる米国大統領の会話ですら、内容を把握することができます。世界中に、キングスマンの目となり耳となる協力者が存在しているのです。こうして、誰もが知る世界史の裏側にあった謎の組織が暗躍し、対決する様子を楽しめるのが『キングスマン:ファースト・エージェント』のおもしろさなのですが、あらためて考えてみると、この映画の「ワクワクする感じ」は陰謀論そのものなのです。アメリカでは「いっけん何の変哲もないピザ屋が、実は人身売買組織とつながっていた」という根強い噂があり、こうした偽物語を本当に信じた人びとは、ピザ屋とヒラリー・クリントン(彼女が人身売買の元締めであると言われていました)の関係性を本気で糾弾したのでした。なぜ彼らはこうした荒唐無稽な話を信じてしまったのでしょうか。

通称「ピザゲート」(ヒラリー・クリントンと人身売買組織、ワシントンにあるピザ屋にまつわる陰謀論)を信じた人びとは、何よりこの偽物語の荒唐無稽さに魅せられてしまっているような気がします。陰謀論の問題は、そのおもしろさなのです。「実はピザ屋が本拠地」というでたらめさに惹かれます。現実離れしていてワクワクするから、つい信じたくなってしまう。『キングスマン』が魅力的であるように、陰謀論には人の興味をそそるモチーフが散りばめられています。ワシントンにあるピザ屋へライフルを手に突入してしまった男性は、根本の部分において、『キングスマン』を楽しんでいる私とあまり違わないのではないかと思うことがあります。陰謀論はその無類のおもしろさで、われわれを誘惑してきます。フィクションと現実の境目を間違わないようにと自分自身を戒めている私ですが、しかし私自身がその境目をきちんと見分けられているかと考えると、そこも少し怪しいような気がします。陰謀論の、やっかいなまでのおもしろさをあらためて痛感した『キングスマン:ファースト・エージェント』でした。

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