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『コーダ あいのうた』と、青春映画の王道

苦悩する主人公

耳の聞こえない父、母、兄と、家族で唯一耳の聞こえる高校生の妹。漁業で生計を立てる一家を題材に、進学や恋愛、周囲からの偏見や貧困、ヤングケアラーの問題を取り上げた本作は、ユーモラスなタッチと前向きなメッセージが魅力の作品です。あまり期待せずに劇場へ出かけたのですが、青春映画の王道を行く堂々とした作りに好感を持ちました。何より、主役を演じるエミリア・ジョーンズの顔つきには、いかにも青春映画らしい鋭敏さが感じられましたし、実際に耳の聞こえない役者によって演じられる、主人公の家族がおりなす関係性もすばらしい。自分を支える存在でありつつ、自分を縛ってくる厄介な面を持つ家族への葛藤が描かれます。たくさんの人におすすめしたい作品です。

主人公ルビー(エミリア・ジョーンズ)は高校生。所属する部活動を選ぶ時期でしたが、特に希望のなかった彼女は、気になっている男子生徒マイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)が入部したコーラス部へ入ることを決めます。これまで、耳の聞こえない家族がいることから学校では偏見にさらされ、居場所のなかった彼女。しかしコーラスを始めたことで目標が生まれます。マイルズとは恋仲になり、さらには部の顧問である教師(エウヘニオ・デルベス)に音楽の才能を見いだされ、バークリー音楽大学への進学を勧められます。こうして主人公の生活は大きく変化していくのですが、耳の聞こえない家族はルビーに頼りっきりで、彼女なしでは生活が成立しません。部活動に時間を割きたい彼女と、漁業のために娘の通訳が必要な家族とのあいだで、主人公は苦悩するのでした。

通訳に駆り出される娘

感情の交差を経て

本作は登場人物たちのさまざまな感情が交差する物語として、みごとな奥行きを見せています。それぞれの人物の思いや願いが、ドラマの推進力となっているのが実にいい。奔放な両親と、そんな両親をどこか疎ましく感じてしまう娘。耳が聞こえなくても自立できることを証明したい兄と、そんな兄の気持ちに気づかず出しゃばってしまう主人公。ルビーに音楽の才能を伸ばしてほしい教師は、あまり出しゃばった発言はできないと感じつつ、家族に対して「ルビーを大学へ行かせないのは損失だ」と伝えようとしますが、その言葉をルビーは両親に対して訳しません。また、主人公の信頼を失ってしまったマイルズが、何度も謝って関係性を復活させようと努力する様子もすばらしい。こうした人びとの行動が、いかにも青春映画らしいまっすぐなタッチで描かれていくのが心地よいのです。

みごとなのは、クライマックスとなるコーラス部の発表会の描写。この映画が耳の聞こえない人物を中心に据えた意味が伝わってくる演出に唸りました。すばらしい。また現代的なダイバーシティの感覚、価値観とも共鳴し、見ていて不必要なノイズが感じられないのも優れた部分です。手話によって表現される、両親のいきいきとした演技や表情、内面に抱えた不安や劣等感といった描写もみごとであり、作品を見ていると「この板挟みの状況で何を選択するか、高校生には重すぎる問題だ」と一緒に悩んでしまいました。高校生の子どもたちが、初めて他者に触れる、社会に居場所を見つける、といったテーマがことさらに沁みてしまうのは、私の年齢のせいかもしれませんが、本作は普遍的な美しさを備えたフィルムであると感じました。

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