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『ザ・スイッチ』と、他者の身体

【あらすじ】
『ザ・スイッチ』の主人公ミリー(キャスリン・ニュートン)は高校生。大人しい彼女は学校では目立たず、気の強い同級生にからかわれても黙ってやりすごすしかない性格です。父親と死別したミリーの家庭は沈鬱としており、母親はさみしさをアルコールでまぎらわせていました。ミリーは高校卒業後の進路として、遠方の大学へ進学することを希望していますが、孤独な母親は娘を近くに置いておきたいようで、そうした雰囲気を察知したミリーは大学進学の目標も言い出しにくく、半ばあきらめかけています。ある日、運悪く連続殺人鬼ブッチャー(ヴィンス・ヴォーン)に襲われた主人公は、肩に短剣を突き刺されたことがきっかけで、男性の身体と入れ替わってしまいました。目覚めたミリーは、自分の身体が大きな中年男性に変化していることに気づき唖然とします。24時間以内に元に戻らなければ、中年男性の肉体から戻れなくなると知った主人公は、自分の身体を取り戻す戦いに挑むのでした。

ボディ・スワップ映画の新しい文脈

「身体が入れ替わる」というモチーフは、映画の題材として数多く用いられています。定番のプロットではありますが、『ザ・スイッチ』がユニークなのは、「身体によって周囲の反応、自分への扱いが変化する」というテーマに現代性を持たせた部分が大きいのではないでしょうか。女性の身体で外に出ただけで、嫌がらせや暴力、つきまといの対象になる。こうした現実そのものは20年前も30年前も変わらないのですが、社会全体が変化し、ジェンダーや差異に対して敏感になった結果、同じモチーフにも異なる意味が加わりました。だからこそ、同じモチーフを用いることに新たな文脈が生まれるのです。

女性の身体で外出すること、町を歩き電車に乗ることについて、もっと想像を働かせてみようという世の中に変わったのが大きい。特に男性は、自分の身体が女性に変化したとして、どのような経験が待っているかについての想像力がうまく働かない部分があると思います。男性は、外出して不快な経験に遭遇する確率が低いのですが、男性自身にとってはそれが普通の状態であるため、かかる前提には意外に気づきにくいものです。また、黒人の女の子とゲイの青年が主人公の友人(サイドキック)として登場し、重要な役割を果たす点にも新しさがあります。マイノリティの友人という構造をメタ的にジョークにするせりふも効果的で(怪しい人物にあとをつけられる場面で、'You're Black! I'm gay!' と叫ぶシーンにはみごとなユーモアがあります。「ホラー映画で最初に死ぬのってたいてい君とか僕だよね」というわけです)、ホラー映画のドタバタした雰囲気にマッチしていました。

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身体のギャップに自覚的になる

身体の入れ替えによって異なる視点を獲得するという意味では、劇中の「試着室」の場面はコメディ的でありながら、同時に静かな感動をもたらすアイデアでした。中年男性の身体を持つミリーと、彼女の母親とが、ショッピングセンターの試着室のドア越しに会話を交わすシーンでは、これまで知らなかった母親の意外な一面が垣間見えます。母親はアルコールに溺れることで娘との約束を果たせず、娘と殺人鬼のボディ・スワップの原因を作ってしまっているのですが、試着室のシーンはあたかも教会の告解にも似た図式が生じ、母親の贖罪が行われます。コメディ風の場面がしだいにシリアスになり、またユーモラスな会話に戻っていくという流れも効果的です。

男性の身体を持ったミリーが、男性としての腕力に驚く場面も印象的でした。男性の身体を体験した後の「男性の力とはこれほど強いものか」という率直な驚きは、本作のテーマにもうまく合致しています。男性の身体は理不尽なまでに強靱だからこそ、女性は不安を抱かざるを得ないのですが、そうしたギャップを効果的に示すモチーフでした。これまで自信を喪失していたミリーは初めて、自分の根源からあふれ出るパワーに気づくのですが、やがて「自信とは腕力のことではない」との結論に至る展開もポジティブです。基本的にはのんびりと笑えるコメディではあるのですが、実は繊細なテーマがいくつも盛り込まれた、モダンな映画であると感じました。

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