私はテレワークに向いていませんでした、という話
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私はテレワークに向いていませんでした、という話

伊藤聡

会社に戻れてよかった

約11ヶ月のテレワークを経て、会社通勤に戻った。安心したというのが率直な気持ちだ。もうこれ以上自宅勤務を続けたら、頭がばかになってしまうのではないかと不安にさいなまれていたところだった。朝起きて着替え、玄関を開けて外に出ることがこれほど大事だとは思わなかった。世間的には今後、テレワークの常態化を推進する流れもあると聞くし、たとえば子育て中の夫婦や、性格的に在宅勤務が向いている人にとっては朗報だと思うのだが、個人的にはもう一度自宅勤務を命じられたら、会社の机につっぷして泣いてしまうのではないかと思う。テレワークは二度としたくない。毎朝電車に乗りたいし、会社に行かせてほしいと心の底から懇願する私である。

当初、自分ほどテレワークに向いている人間はいないと思っていた。通勤時間がゼロになり、始業ぎりぎりまで寝ていられる。生活に余裕が生まれ、好きな本を読んだり、趣味のギターを弾いたりする時間も増える。ニガテな上司と顔を合わせる必要がなく、すべてはメールとチャットで済ませられる。さらには感染症も回避できてしまうのだ。なんと理想的な環境か! テレワークが始まった際には、与えられた自由にほくそ笑んだものだった。しかし、いま考えれば本当に見通しが甘かったと認めるほかない。ものごとはそのように単純ではなかったのだ。家で働くことにつきまとう虚無感や、「1日の仕事が終わった」という区切りの感覚の喪失、あるいは同僚と交わす何気ない会話の貴重さ。私は、そうしたあれこれにまったく想像が至らなかったのである。

朝から晩まで働いた

私の場合、コロナがきっかけで仕事量は大幅に増えた。割り当てられる仕事量に追いつかず、就業時間内にはとても終わらない。かといって長時間の残業をつければ注意されるので、結局はタイムカードを切った後で片づける羽目になる。部屋がしんとしているのが落ち着かないため、ラジオや音楽を低く流しながら作業するのだが、自宅ではいまひとつ集中できないし、ついラジオに聴き入ってしまったりする。人の目が届かない場所で集中するというのは、私の場合思いのほか困難だった。結果、散漫な集中力のまま長時間の作業をする、きわめて効率の悪い状態が慢性化してしまった。この悪循環は実にしんどかった。私は毎日、朝の8時から夜の10時くらいまで働いていた。おそらくだが、似たような経験をした在宅勤務者は多いように思う。

やがて、自宅に会社用のパソコンが置いてあるのが目に入っただけで憂鬱な気持ちになってしまい、布をかけてパソコンを隠すようになった。たとえそれが日曜日でも、パソコンが視界の隅に入っただけで暗い気持ちになるのだ。実際にするかどうかは別として、仕事をしようと思えば今すぐにでも開始できてしまう環境(そして割り当てられた仕事はたっぷり残っている状態)、それじたいが憂鬱の原因になった。自宅が、くつろげる場所でなくなってしまったのだ。土日の解放感もなくなり、平日と休日を区切る境界線が消失してしまった気がした。仕事に取られる時間が長引いてしまい、読書の時間も持てない。結果、だらしなくSNSをながめたり、YouTube を見たりといった質の低い時間の使い方しかできなくなり、「さあ読むぞ」と意気込んで買った本は部屋の隅に積まれていくだけになった。

ひとりの部屋で

また、他人と話せないのも本当に苦しかった。これがいちばんの苦痛の原因だったように思う。ようやく会社通勤が再開され、昼休みにお弁当を食べながら、『シン・エヴァ』を見たばかりという同僚と雑談したとき、あまりに楽しくて気を失いそうになったことが忘れられない。ああ、会社には人間がいる。しかも複数。そしておしゃべりをさせてもらえる。休憩時間にエヴァの話ができる場所、それが会社。ちょっと信じられなかった。一方、家にいると誰とも話さないことが日常になる。家族や親しい友だちが身近にいれば別なのだろうけれど、人と会話する機会をうまく持てなかった私は、場合によっては何日もまったく会話することなく、朝から晩までパソコンに向かって作業をし続けるほかなかった。こうした孤立を招いたのは、むろん私自身の人徳のなさゆえなのだが、私みたいな人間は、会社にでも行かないと人とおしゃべりできないんだと気がついてさらに陰鬱になるのだった。思えば、仕事のあいまに交わすちょっとした会話、周囲との関係性は、私の生活をずいぶんまともにしてくれていた。

多くの人は、自粛しなくてはならない状況を受け入れ、それに従っている。他に方法がないのだから仕方がない。しかし同時に、この1年で自分たちがどれほどの精神的ダメージを受けたか、あらためて検証してもいいのではないかと感じている。低温やけどのように、気づかないまま心に傷を負ってはいないか。イタリアの思想家ジョルジョ・アガンベンは、ロックダウンに憤慨し、第二次世界大戦下でも為し得なかった大幅な人権制限が、ほとんど手放しで承認されてしまっているではないかと怒った(『私たちはどこにいるのか?』青土社)。アガンベンの主張はいくぶんムチャだし、もちろん外に出て病気になったのでは意味がない。外出制限に代わる手段は何かと言われると、うまく思いつかないのが実情だ。しかし、なぜアガンベンがこれほどに怒りを表明したのかについては、考え直す価値があるのではないか。人と集まることができない、外出ができないという制限は、私たちが考える以上に大きな精神的苦痛をもたらすと思う。

苦しい1年だった

テレワークの恩恵を受けた人たちは、私の周囲にも多数いる。人によって向き不向きもあるため、希望している人はなるべく続けられた方がいいが、私にとっては本当につらい時間だった。だからこそ、大学に登校できず、オンラインで授業を受けるしかない学生がいかに苦しんだかが、私にはリアルに想像できる。きっと絶望的だったろうと思う。大学という場がなくなり、自部屋でただパソコンを眺めながら1年をすごす学生生活とはいかなるものか。それを学生生活と呼んでいいのか、私にはわからない。彼らにとっての大学時代は、かつて私の経験したそれとは大きく質の異なるものになるはずだ。目の前に他者がいる、その存在を近くに感じることがどのような意味を持つのか、私はいままでになく考えている。私はこの1年で大きく疲弊し、傷ついてしまっていたのだが、平気だと思い込み、大したことはないと自分に言い聞かせていた。しかし、あらためて会社へ出勤するようになって、ひたすら自部屋ですごした2020年は本当につらい1年間だったとわかった。そのことを口に出して言いたくて、この文章を書いている。

現在、他者と直接的なコミュニケーションを謳歌することが罪になり、健康であることが権利ではなく義務になってしまった。それは現在の状況下では仕方のないことだが、ここ1年の政府の迷走を目にすると、もう少し他にやりようがあったのではないかとも思う。家にいるのが苦しかったと認めるのは、恥ずかしいことではないと言いたい。自粛をゲームのように楽しめればよかったが、私にはできなかった。ずっと苦しかったし、それを隠したくない。今後、社会全体がコロナ禍のダメージから立ち直るには、実は途方もない時間がかかるのではないだろうかと不安に感じている。

※本稿を書く際にイメージした本2冊です。

ジョルジョ・アガンベン『私たちはどこにいるのか?』(青土社)

スラヴォイ・ジジェク『パンデミック2』(P-VINE)


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伊藤聡
会社員兼ライター。書評、映画評を中心に、いろいろ書いております。| Twitter : https://twitter.com/campintheair | メール so.ito.so@gmail.com