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アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上・下)』(早川書房)

あらすじは言わない!!!

多くの人が絶賛する小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読了し、いてもたってもいられないような気持ちでこの文章を書いている。本当にすばらしい。小説の持つ、途方もない興奮に打ちのめされてしまった。このおもしろさは何なのだろうか。思うに小説にはさまざまな評価軸があり、たとえば「美しさ」や「ドラマ性」、あるいは「人間描写」「アイロニー」などの基準で測ることができるのだが、端的に「おもしろさ」というベクトルで考えたとき、ここまで「おもしろさ」が突き抜けた小説はなかなか読めるものではない。全編通して夢中になってしまった。よくぞこれほど読者を引き込むエネルギーに満ちた小説を書いたものだと、この米国人著者に鳥貴族でビールをおごってあげたい気持ちになった。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読む驚きと感動を疎外しないためには、あらすじについていっさい触れない方がいいし、このSF小説がどのような設定で始まるのかといった基礎情報すら口にしたくないところだ。なぜこの小説のあらすじを説明できないかというと、この小説が始まった冒頭の時点で主人公は……。ああ、もうこの説明すらダメだという気がする。もう何も言えない。私にこの本を薦めてくれた方は「帯の惹句すら見てほしくない」と話していた。未読の方は黙って書店へ向かってもらいたい。そのため、今回は内容に関する言及を排した、抽象的な感想にとどめようと思う。

宇宙大好き人間

ラブストーリー

本書をひとことで言えば「愛にまつわる物語」であると思う。ページをめくるにつれ、まぎれもないラブストーリーを読んでいる、という気持ちになるのだ。「愛」とは何も、男女の性愛にまつわるものだけを指すのではない。たとえば、なぜうるう年があるのかについて理解するには、この世界に対する興味と関心がなくてはならない。地球の公転周期をおもしろいと思ってもらう必要があるのだ。「そんなことどうでもいい」としか感じられない場合に、うるう年の仕組みは学べない。この世界に対して興味を持つこと、世界の成り立ちや仕組みを知りたいと願うこと、それは結局のところ愛なのではないか? 興味の対象は、科学でも歴史でも美術でもよい。おいしい料理のレシピ、羊の飼育方法であってもかまわない。何かに興味を持ち、知りたいと願うこと、その欲求は世界に対する愛にほかならないと私は思う。

本書の主人公が魅力的であるのは、彼があふれんばかりの知識欲=愛を抱きながら、この圧倒的な冒険をたくましく生き抜いていく様子にある。主人公はあらゆる事象に興味を抱き、その原理を知りたいと願う。その飽くなき知識欲、ものごとの道理を学びたいという意思が小説全体を支える愛の力となってストーリーを推進させている。プロットは科学的で、かなり難解にもかかわらず、読者が脱落しないよう、読みやすく理解しやすい文章として提示しているのもみごとで、読んでいると自分の頭がよくなったような錯覚に陥ってしまうほどだ。さまざまな問題が目の前に立ちはだかり、その解決策をどうにか見つけようとする過程、それらのすべてが愛に満ちているからこそ、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はこれほどに感動的で、読む者を奮い立たせるのだ。必読。

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