『チャレンジャーズ』『フェラーリ』
『チャレンジャーズ』
とても見応えのある、おもしろい映画であると同時に、私にはこの作品のよさを堪能できるだけの感受性が足りないとみずからの欠如を感じた作品でもありました。若き女子テニスプレイヤーのタシ・ダンカン(ゼンデイヤ)は、男子プレイヤーのジョシュ・オコナー(パトリック・ズワイグ)とマイク・フェイスト(アート・ドナルソン)のふたりと出会い、10年以上に渡る愛の三角関係を築いていくのだが……というあらすじ。テーマは人間関係。題材が必ずしもテニスである必要性はなく、百人一首でも、料理でも、この作品は成立したように思います。監督は『君の名前で僕を呼んで』(2018)のルカ・グァダニーノ監督。音楽の使い方が、効果的というよりコントの域に達しているのもみごとです。
本作の昂まりを感じ取るのに必要な人間関係の機微、いわば「腐」のマインドが、恥ずかしながら私にはまだ足りません。ラストシーン、試合をおこなうふたりの男性がお互いを隔てるネットを飛び越えるショットはどうでしょうか。ライバル同士だった両者が文字通り結びつく瞬間、感極まったタシが発する「カモォオオオーン!」という絶叫が映画館に響き渡ります。あの場面で遮断するように映画そのものが終わってしまう、途方もない高揚感について、BLの識者から意見を伺いたいという気持ちです。もはやテニスの試合結果などどうでもいいのだ、という思い切りのよさに感動しつつ、世の中にはきっと、私など比較にならぬほど、このエンディングに胸を打たれた人がいるのだろうと想像するのでした。必見。
『フェラーリ』
本作の監督であるマイケル・マンは、銃の描写が非常にうまい監督として知られておりますが、今回は実在のフェラーリ創業者エンツォ・フェラーリを題材にした作品です。幅をもたせるために、ガンアクション以外の作品にも取り組む姿勢を持っているのだと思います。とはいえ劇中、妻ラウラ(ペネロペ・クルス)が夫に向かって銃を撃つ場面があり、やっぱり1回は銃が出てくるんだねと感じました。妻と愛人のあいだで苦悩するエンツォ(アダム・ドライバー)は、会社の経営も行き詰まり、レースにも勝てていません。八方塞がりの主人公は、レースに勝つことで人生の一発逆転を狙いますが、なかなかうまくいかないのでした。
エンタメとしての爽快感ではなく、主役エンツォ(アダム・ドライバー)の苦悩や虚無に焦点を当てているのがマンらしいところではないでしょうか。不倫は自分の蒔いた種ですが、会社も傾き、レースをやれば事故や敗退と、しだいに「この人はなにが楽しくて生きているのだろう」と心配になってくるような苦悩の表情を浮かべるエンツォ。私がこの立場だったら、もう精神が持たないと思うのですが、エンツォは懸命ながんばりを見せます。唯一、彼がいきいきしていたのは、エンジンの設計図を作りながら、子どもに仕組みを説明する場面で、そこにはエンジニアとしてのよろこびがあふれているように感じられました。劇場をあとにしながら、しあわせになるって難しいと思った私でした。
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