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マイケル・ルイス『最悪の予感 パンデミックとの戦い』(早川書房)

アメリカのコロナ対応とは

米ノンフィクションライターのマイケル・ルイスが、アメリカのコロナ対策についてリサーチしたルポルタージュ。コロナウィルスで世界最大数の犠牲者を出してしまったアメリカ(2021年7月27日現在)の「失敗の本質」が提示される。マイケル・ルイスの著書は映画化されることが多く、『マネーボール』(2011)『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015)『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』(2019)などの作品があるが、今作もまた「映画化したらきっとおもしろいだろうな」と思わせる、群像劇的な構成と展開がみごとである。本書を読みながら、中心的な活躍をみせるリーダー、カーター・メシャーはジョージ・クルーニーが適役ではなかろうか、などと頭の中でキャスティングを始めてしまうような、映像的イメージの喚起力があった。

本書は3部構成になっている。1部はパンデミック発生以前の米国が描かれ、2部でパンデミック発生時の混乱、3部でアメリカの問題点と現時点での概観図がそれぞれ提示される。日本もコロナ対策は後手に回ったが(検査もワクチン接種も遅れに遅れた)、本書を読めば、アメリカもまた無策がたたって被害者を増やす傾向があるとわかる。アメリカの場合、犠牲者が増えた理由は官僚主義と営利追求である。アメリカにはCDC(疫病対策センター)と呼ばれる公的機関があり、コロナ対応の中心的役割を果たす。国内外に広く知られ、とても権威のある機関だが、CDCは判断ミスを怖れるばかり、ほとんど何の判断もくだせないまま硬直していることが指摘される。日本の政府も無為無策がひどかったが、「いざというときに動けない」とは具体的にこういうことなのかと理解できた。

CDCの官僚主義

CDCは、緊急を要する文書に対して、無意味な書式規則をふりかざしてダメ出しをし(例:文書内の土地名をアルファベット順に並べる、happy を glad に変えるなど)、何度も書き直しをさせるといった非効率な要求に終始している。事態の切迫にそぐわない官僚主義にこだわり「致死性のウィルスが街にはびこっていると知ったあとでさえ、迅速な対応を講じていない」のだ。なるほど、こうして犠牲者が増えてしまったのかと納得させられる記述だった。かと思えば、感染症で死亡した患者から摘出した肺を研究施設へ届ける際、ごく普通の宅配便を使って配達してしまうようないいかげんさもあり、その危機感のなさに驚いてしまう。日本でも、コロナ対策がまったく進まないまま硬直してしまう状況があったが、おそらく似たような原因だったのではと想像した。

ではCDC以外の組織が問題解決に動けばいいのかというと、そこにはCDCの面子や縄張り意識がある。自分たち以外の自治体や医療機関が先んじて効果的な対策を行うと「CDCは何もしていない」との印象を持たれてしまう危惧があり、CDCとしてはこれを何としても避けたい。その結果、どこかの団体がコロナに関する施策を進めようとするとCDCに妨害され、その数日後、妨害されたはずの対策案が、CDCの考え出したアイデアとして発表されるといったちぐはぐな事態が起こる。またアメリカ中の医療機関に利益至上主義がはびこり、検査結果が出るまでにどれだけ時間がかかっても、自分たちと業務提携する検査機関へ送ることにこだわるといった状況も描かれていた。検査機関は利益さえ出ればいいため、検査を急ぐ気がなく、被験者に結果が通知されるまでにはかなり時間がかかってしまうのだという。アメリカ人の膨大な犠牲者数は「医療機関の無気力と強欲」がもたらしたものだという記述には、虚しい気持ちにさせられてしまった。

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米国版『失敗の本質』

政府や公共機関の多くが失敗を怖れて保身に走り、企業が人命よりも利益を優先してしまったアメリカ。こうした危機的状況で何ができるか、懸命にアイデアを出して行動しつづける人びとの姿は感動的である。絶対に動きを止めないこと、選択肢を切らさないことが大事だと本書は説く。わけても、中心人物であるカーターが仲間に書き送ったメールの文章には、どのような社会にも勇気のある人びとは確実に存在するのだと感じ、胸が熱くなってしまった。

「この重大な瞬間にわたしたちが何をしたか、何をしなかったかは、長く歴史に残るはずです。いまは行動する時機であり、黙っている場合ではない。このアウトブレイクは、魔法のように自然に消えることはありません」

まさに米国版『失敗の本質』とも呼ぶべき本書だが、登場人物の描き方や構成など、いかにも映画的な手つきで展開される点が魅力であり、アメリカ各所でコロナの危機を早急に察知した人びとが、それぞれの場所でアクションを起こす様子は実にスリリングで、読みものとしての魅力に満ちている。日本のコロナ対策の遅れに疑問がある方には、ぜひ読んでほしい1冊である。映画化の可能性も大きいが、それはきっと「アメリカとはいかなる国か」にまつわる生々しいドラマに違いないだろう。

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