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本を読みすぎるとばかになってしまうのではないか

読書は人間性を向上させるのか

いきなりで申し訳ないのですが、私の悩みを聞いてください。私は、人生でいちばん大事なことは読書だと信じて、いままで生きてきました。とにかく本を読むのが好きで、あらゆるものごとの最重要事項として読書を優先してきたのです。自分でも「こんなに必要かね」と思うほど大量の本を買い、ひたすら読み続けています。これまで、その選択に迷いや後悔はいっさいなかったのですが、最近になって、この人生は正しかったのかと疑問が生じてきました。というのも、読書をすることで自分自身の人格、人間性が向上したという感覚がまったく得られないためです。

読書には「ためになる」「視野が広がる」というイメージがついてまわります。あたかも、読書をすることで人格が向上するような喧伝をされ、「読書は無条件でよいこと」という言われ方をする傾向があるわけです。こうした言説がさしたる検証もないまま流布した結果、読書には「人間性が豊かになる」であるとか「他者への共感能力が育まれる」といった効果があるのだと、多くの人が信じています。しかし読書家である私はといえば、あいかわらず狭量で自分勝手、頭でっかちで落ち着きがなく、気分屋のままです。おかしい。あんなにたくさん本を読んだのに、私の人格はひどいままではないか。私自身は、読書はただ楽しいから続けていましたが、やはり無意識のうちに、読書に人格向上の効果を期待していたのだという気がします。

読書をする人は減っているけれど

いま、読書をする人は本当に減っています。会社の同僚に話を聞いても、マンガを読む人はたくさんいるのですが、日常的に読書をする習慣がある人は10人に1人いるかどうかといったところで、まとまった長さのある文章を読む行為じたいが激減している印象です。では、日常的にいっさい読書をしない人びとの人格がひどいかというと、まったくそうではないのです。彼らはみな温厚で思いやりがあり、何事にもまじめに取り組む立派な人たちです。接していても「この人たちはあきらかに私より優れた人格である」と感じずにはいられません。私は彼らと共に働きながら、劣等感をともないつつ「私は人間性において完全に敗北している……」と認めるほかないのです。やはり読書と人格は無関係なのではないかとの疑念は強まっていきます。

さらには、ここで別種の疑問が湧いてきます。「読書は人格形成に役立たない」のではなく、「読書は人格形成を阻害する」のではないかという恐しい問いです。というのも私は、本好きが高じて、ある時期からライターをするようになったのですが、そこで知り合った他のライター、著述業の方(異様なレベルで本を読んでいる博識な人びと)について考えてみると、正直、とっつきにくくてクセの強い人が多かった気がするのです。ちょっと怖い人、なにを考えているかわからない人もわりといました。そのことを思い出すと、ひやっとしてしまうのです。本を読むと、頭がどうにかなってしまうのではないか。なんといいますか、私は普通の人になりたいのです。親しみやすくて、社会性と常識を重んじる、安全で周囲の役に立つ人間になりたいのに、なぜかそこから遠ざかってしまっている。ことによると、これは私が本を読みすぎたせいなのではないか。怖い。

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いまさらやめられない

たとえばサリンジャーの小説が健全かといわれれば、あれほど不健康で病んだ作品もないわけで、おかしな影響を受けて犯罪に走ってしまったマーク・チャップマン*1 のような人物も出てきます。本を読むというのは危険で反社会的な行為だからこそ、なにがしかのスリルを味わせてくれるものなのではないか。ティーンエイジャーだった私はそもそも、読書の不健全さ、インモラルな悦びに惹かれて本を手に取ったのではなかったか。あっ、本を読むと心がばかになってしまうのかもしれない。人格がぐちゃぐちゃになっていくのかもしれない。どうしよう。そう考えると、これまで読書にすべてを費やしてきた半生に対して、取り返しのつかないことをしてしまったという不安が迫り上がってきます。好意的に解釈すれば、本を読まなければもっとひどい人間になっていたところを、読書がかろうじて抑えてくれていた可能性はあるかもしれませんが、それにしたって悲しい結論です。

そしてなにより私にとって最大の問題は、いまさら本を読むのをやめられないということです。それはあまりに生活習慣として固定されており、多様な楽しみを引き出してくれる行為であるため、やめた後の生活をどう組み立てていけばいいのか見当がつかないのです。そう、読書は楽しいからタチが悪い。これで読書がつまらなければ、すぐにでもやめられるのですが、楽しいものだから困ってしまう。ああ、本を読みながらちゃんとした人になりたい。このまま本を読んでいたら、より偏屈でとっつきにくい人間へと悪化していくのではないか。でも私には友だちがいないから、本を読むしか時間の使い方がない。そう考えると、ページをめくるのが怖くなり、ぞっとしてしまうのです。

*1  マーク・チャップマンについては以下参照


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