『マリー・ミー』と、ロマンティック・コメディの先進性
本人に当て書きしたかのような役柄
ジェニファー・ロペス主演の映画『マリー・ミー』は、安定度抜群のロマンティック・コメディとして大いに楽しめる作品です。基本となる設定(まだひと言も会話したことのない人物を、結婚相手として突然指名する)こそ突飛ですが、観客はこの男女の関係を見守り、素直に応援したい気持ちになっていきます。明るくポジティブな雰囲気、コメディタッチの展開(私も数学クラブに入りたくなりました)、ストーリーと音楽の融合など、どれも印象に残るものばかり。まるでジェニファー・ロペス本人に当て書きしたかのようなポップスターの役柄もハマっています。
主人公キャット(ジェニファー・ロペス)は大人気の歌手。スターの座に君臨する彼女は、男性ボーカリストのバスティアン(マルーマ)との結婚を控えていました。有名シンガー同士のビッグカップルとあって、世間やマスコミからも注目を浴びるふたり。ところが、結婚を発表する予定だったコンサートの当日、バスティアンが別の女性と浮気している現場をとらえた動画がマスコミからリークされてしまいます。衝撃を受けたキャットは、自暴自棄になったのか、コンサート会場に来ていた見ず知らずの数学教師チャーリー(オーウェン・ウィルソン)を指差し、大観衆の前で「あの人と結婚する」と宣言してしまったのです。不釣り合いなカップルに世間は仰天しますが、チャーリーは心優しい男性であり、両者はしだいに通じ合っていきました。しかしどうやら、キャットはまだバスティアンへの想いを断ち切れていないようです。
女性キャラクターの牽引力
本作における主人公の葛藤はとてもリアルです。かつて恋人だったバスティアンは、歌がうまく才能があり、話し方や物腰もソフト。おまけに容姿もセクシーで、全身から男性としての魅力があふれる人物です。彼のそばにいるだけでキャットは正常な判断ができなくなってしまい、「ここまで魅力的な男はそういない。いっそのこと浮気をがまんしてしまおうか」と魔のささやきが頭をよぎります。一方チャーリーはといえば、地味な数学教師で、子どもと一緒に数学の問題を解くのが何よりしあわせという人物。見た目も "kinda cute"(見ようによってはカワイイ)止まりで、バスティアンのような刺激はありません。キャットは、自分をひとりの人間としてまっとうに扱ってくれるのはチャーリーだと知りつつも、バスティアンと顔を合わせてしまうと、あまりの男性的魅力に決意が揺らいでしまう。キャットの「結婚相手の突然指名」という暴挙は、バスティアンという底なし沼から脱出するための荒療治だったのかもしれません。
『マリー・ミー』は女性キャラクターの個性で牽引されています。主役のキャットだけではなく、チャーリーと同じ学校で働く女性教師パーカーをコメディアンのサラ・シルヴァーマンが演じており、これでもかとふざけまくる展開も実にいい。彼女のいきいきとした演技はすばらしいものでした。また、シングルファーザーであるチャーリーの娘ルー(クロエ・コールマン)もキュートで、ストーリー上でも重要な役割を果たしており、彼女なしには成立しないという存在感があります。一方チャーリーや、キャットのマネージャー役コリン(ジョン・ブラッドリー)といった男性キャストは、女性の演技を受ける側にまわることが多い印象でした。全体的に、女性キャストが物語を引っ張っていく構成が特徴ではないでしょうか。
あらゆる観客が安心して楽しめるよう、登場人物の個性や尊厳を大切にしつつ、不要なノイズを排除した表現が徹底されたロマコメである本作は、アメリカのコメディ作品がいかに倫理的な配慮や平等の理念を重んじているかを感じさせるものです。こうした配慮があるからこそ、観客は安心して物語を楽しむことができる。米ロマコメがいかに先進的なジャンルであるかが感じられるフィルムでもあるかと思います。
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