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『ドント・ルック・アップ』と、もう彗星が衝突しちゃうんですけど

アダム・マッケイは最高の映画監督

政治的なコメディを得意とする米映画監督、アダム・マッケイ。彼の最新作『ドント・ルック・アップ』はNetflix作品ですが、12/24の配信開始前に小規模ながら劇場での公開もされたフィルムです。最近、こうした上映形態の映画が増えたように思いますが、映画館には思いのほか多数の観客がおり、客席はほぼ満員。配信されるとわかっていても大きなスクリーンで見たい観客は多いのだなと嬉しくなりました。ジャンルとしては今回も政治コメディとなります。アダム・マッケイらしいアイロニー、コロナ以降の社会的な混乱を暗喩するあらすじが痛快で、これぞアメリカン・コメディと嬉しくなった映画です。アメリカン・コメディは、社会の様相をジョークに変換することで力強さを増すジャンルなのだと再確認しました。

天文学を研究しているケイト・ディビアスキー(ジェニファー・ロレンス)は、ある日彗星を発見し、同じ研究所に所属するランダル・ミンディ博士(レオナルド・ディカプリオ)へ報告します。彗星の軌道を計算すると、半年後に地球へ衝突することが確実であると判明。そうなれば全人類が滅亡してしまいます。憔悴したふたりはNASAへ連絡、その後大統領(メリル・ストリープ)と面会して危機を訴えますが、彼らは「静観する」等と答えるばかりで行動を起こしません(危機を煽ると、中間選挙の結果に響くというのが理由です)。ふたりは「彗星が地球へ近づいている」と世間へ訴えますが、空回りするばかり。彗星は刻一刻と地球へ近づくものの、人びとは現実を見ようとしません。誰もなにもしないばかりか、「彗星など存在しない」と事実を否定する一派も現れる始末。気がつけば彗星は肉眼で確認できる距離にまで迫ってきています。さて人類は、彗星衝突を回避できるのでしょうか。

ジョナ・ヒル、大統領補佐官みたいな役です

現実を暗喩する

本作のあらすじが、コロナ以降の混乱を示唆していることはあきらかです。ただの風邪だと言い張る人びとや、怪しげな陰謀論に巻き込まれてしまった社会。目の前にはっきりと危機が迫っているのに、適切な選択がされないもどかしさもまた、いかにもコロナ以降の社会だという気がします。また、どれだけ真剣に危機を訴えても、結局はすべてがSNS上のミームやコラ画像、替え歌やジョークとして相対化されてしまい、ものごとの本質が見失われてしまうという展開もまた、非常に現代的であると感じました。これは実に虚しいものです。すべてが瞬時にミーム化してしまう社会で、何かを真剣に訴えることは可能なのでしょうか。彗星が地球に衝突して全人類が破滅する、というその直前になっても、われわれは愚にもつかないコラ画像を作ってしまうのだろうし、ネット上での嫌がらせに貴重な時間を費やしてしまうのでしょう。情けなくなってきます。

「ドント・ルック・アップ」(空を見上げるな)とは、劇中における現実のねじ曲げを象徴するワードとして登場します。見上げれば彗星が迫ってきているのだとしても、見上げなければ存在しない。だからこそ「ドント・ルック・アップ」と彼らは主張します。また、こうした合い言葉を100回、1000回と繰り返して唱えているうちに、やがて「彗星など存在していないのだ」と心から信じられるような気がしてくるから不思議です。危機に対処するというのは本当に難しいのだと、コロナを経験することでわれわれは理解しました。想像もつかない事態が起こったとき、人は現実を否認しようと思考を歪ませてその場を乗り切るやっかいな傾向があるのです。社会がいかに危機に対して無防備であるかを、アメリカン・コメディならではの皮肉で描いた本作は、笑えるけれども怖ろしい、反応に困ってしまうような映画なのでした。

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