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『燃えよ剣』と、時代劇の新しいスタイル

スリリングな快作

原田眞人監督の新作は、新選組の土方歳三を主役とした時代劇。武州多摩で剣術に明け暮れるバラガキ(不良少年といった意)だった土方が、やがて新選組を統率する立場になり、幾多の戦いを経て蝦夷の地で死に至るまでを描いています。個人的に幕末への関心がそこまで高くなく、さほど期待せずに見にいったのですが、これが実にみごとな作品。原田監督らしいケレン味あふれる演出に、終始興奮させられました。役者陣の演技もさることながら、彼らが交わす会話や所作が実にユニークで、新鮮な驚きがつまっています。どのシーンにも「意外性のあるひとひねりを必ず加える」という制作者の明確な意図を感じました。当初の予想を大きく越えて楽しめたフィルムであり、どの場面もスリリングで、多くの人にお勧めできる作品です。

なにより、本作における会話の緩急はすばらしいものでした。時代劇らしい大仰な言い回しをしたかと思えば、突如現代劇のような自然な言葉遣いに変わる。そこで生じる緩急にはっとさせられるのです。こうしたアイデアは、原田監督のこれまでのフィルモグラフィ、『駆込み女と駆出し男』(2015)や『日本のいちばん長い日』(2015)といった作品で組み立てた手法がより洗練されていった結果だと思うのですが、かかる会話劇のアイデアには可能性があると感じました。たとえば劇中、土方歳三(岡田准一)のことをいつまでも「トシ」と呼び続ける近藤勇(鈴木亮平)に対して、土方が「これからは土方君と呼んでほしい」と改まった口調で申し入れる場面。いかにも時代劇風の口調、演技の間でそう伝えた次の瞬間、お互いがこらえきれずに笑い出してしまうという、そのタイミングと緩急に、現代的で自然な雰囲気が宿るのです。監督が目指す心地よい会話、ナチュラルなやり取りを見るにつけ、いま時代劇をやろうとしたら、この方法でしか会話は成立しないような気がしました。「いま時代劇を撮るならどうすべきか」に対して、深く思考したフィルムだと感じます。

ケレン味とフェミニズム

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原田監督の目指した、ケレン味あふれる会話演出。その点で端役ながら強烈な印象を残すのは、ウーマンラッシュアワー村本大輔演じる山﨑という男です。やけに小声で話す山﨑は、聞き取れないほどの早口で用件をまくし立てる得体の知れない人物。これぞケレン味という飛び道具のようなキャラクターです。彼のまったく句読点のない会話、口を開けば止まらないぶつぶつとした超高速のせりふ回しは、原田監督もかなり気に入っているようで、重要な場面に彼の見せ場が集中します。山﨑が醸し出す不気味な雰囲気(わけても、池田屋襲撃の際のせりふ「お腰のもの、お預かりします」の不吉さ)には唸らされました。また、つねに目を見開いて異様な形相を見せる徳川慶喜(山田裕貴)にも触れないわけにはいかず、彼が大政奉還を宣言する場面の気まずさ、収まりの悪さに込められたアイデアはすばらしい。この居心地の悪さをよくぞ演出したものだと思います。「当たり前ではいけない」「とにかく変わったことをして観客にサプライズを与えなくてはいけない」という原田監督のイズムがすばらしい。

『駆込み女と駆出し男』で描かれたフェミニズムのメッセージは、本作でも沖田総司(山田涼介)によって積極的に発信されます。自分の人生を決める権利があるのは男女変わらない、と土方に言って聞かせる場面に好感を抱きました。男性はみないきり立って荒々しい態度を取りがちですが、沖田のフェミニンな所作やせりふ回しもまた、現代の時代劇構築に欠かせないものです。土方とおゆき(柴咲コウ)の恋愛関係にもほどよい距離感が保たれ、お互いを尊重する態度があります。ジェンダー観が古いままだと、見る際のノイズになりがちなのですが、現代の鑑賞にも耐えうる思想的な土台が用意されているため、安心して物語に没頭することができる。こうしたバランスのよさも、本作を楽しめた要因でした。とはいえ、なによりすばらしいのは主演の岡田です。会話とアクション、本作に必要な双方の要素において、すこぶるレベルが高い。原田監督の求めるケレン味、せりふ回し、アクションの見ごたえをすべて兼ね備えた岡田には圧倒されるほかありませんでした。

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