『ダム・マネー ウォール街を狙え!』と、アメリカの民主主義
This is America
これぞアメリカ映画だ、とねじ伏せられたフィルムです。コロナ禍の株価乱高下を題材にした『ダム・マネー ウォール街を狙え!』には、アメリカ映画に必要なエッセンスがすべて詰め込まれています。「インターネット掲示板に集うネット民が一致団結し、暴利をむさぼる大手金融ファンドを打倒する」という、いかにも現代的な筋立ての本作ですが、その展開は伝統的なアメリカ映画の王道であるように感じました。ユーモアとスリルに満ちた構成も楽しく、ぜひ推薦したいみごとな作品だといえます。また、コロナ禍のアメリカを陰鬱に描く描写も効果的で、物語のスパイスとして効いていると感じました。
本作のタイトルになっている dumb money(愚かな金)とは、個人小口投資家を揶揄する証券業界の隠語だそうです。ウォール街を支配するのはむろん大手金融ファンド。特定銘柄を大量に空売りし、株価を下げることで利益を得ていた大手ファンドが目をつけたのが、ゲームストップというゲームソフトの小売チェーン店でした。ダウンロード販売で店舗の存在感がなくなったと考えた金融ファンドは、この会社の株を空売りして利益を得ようと大量の資金を投入します。株価が下がり続ければゲームストップは倒産しますが、ファンドは一顧だにしません。ファンドのビジネスモデルは、会社を潰すことで利益を上げるという仕組みだったからです。しかし、小さな頃からゲームストップでゲームソフトを買っていた主人公キース(ポール・ダノ)は同社に愛着を持っていました。ゲームストップの企業価値は過小評価されていると考えた彼は、大量の株を保有していたのでした。YouTuberでもあるキースは、ゲームストップの株を推薦する配信を行い、支持者を獲得していきます。やがて株価は、大手ファンドの思惑とは逆に上昇。かくして、ファンドと dumb money との対決が始まるのでした。
金融映画というジャンル
「金融映画」というジャンルが、アメリカにはあります。本作に類似した作品として、すぐに『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015)が思い浮かびますし、『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』(2018)『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)、古くは『ウォール街』(1987)といった作品も挙げられます。しかし私がもっとも印象に残るのは『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)でした。同作の主人公フォレスト(トム・ハンクス)は、まだ起業したばかりのアップル社の株を(果物会社の株だと思い込んで)購入し、とんでもなく大きな利益を得ます。劇中、フォレストの行動はすべて、アメリカ人にとっての手本として描かれていますので、株に投資することは、アメリカ人として正しい行為だという解釈になります。それがユニークだと感じました。日本には、不労所得を恥ずかしいものと考え、蔑む傾向がありますが、アメリカにおいて「ほんの一瞬で莫大な財産を得ること」は、ゴールドラッシュで多くの開拓民が西部へ押し寄せた時代から続く正義なのです。ことほどさように、金融をテーマにした映画にはどうしようもなくアメリカらしさが反映されてしまうのではないでしょうか。
また、株の売買を通じて民主主義が語られるのも実にアメリカらしいものです。豪邸に住む大手ファンドの社長ゲイブ(セス・ローゲン)との対比でも強調されるように、劇中の登場人物たちはみな貧しい暮らしをしています。シングルマザーの看護師女性ジェニー(アメリカ・フェレーラ)は、子どもを育てながら働きつつ、ゲームストップ株になけなしの私財を投入します。学生ローンを抱えた大学生ハーモニー(クリア・ライダー)とリリ(マイ・ハラ)もまた、社会に出る前から多額の負債を背負わされた逆境の人物でした。ゲームストップで働く青年マルコス(アンソニー・ラモス)は、全財産が130ドルていどしかありませんし、主人公の弟ケビン(ピート・デヴィッドソン)は無職で、毎日ブラブラするしか能がありません。こうした市井の人びとが、インターネット掲示板を使ってファンドに逆襲するのも実にアメリカ的です。競争じたいは否定しないが、そのルールが不公平であってはならない、という主張にアメリカらしさを感じるのです。ユニークなのは、主人公が株価が上がっても売らないと主張する点です。あたかもそれは民主主義を徹底するためのたたかいであり、マーケットにおける不公平はアメリカの倫理に反するからだとでも言いたげです。
アメリカ的価値の追求
劇中、株の売買という完全に「カネの問題」だったはずの行為が、結果的には「カネじゃない、信念だ」と反転していくところに、アメリカの金融映画のおもしろさがあります。「マーケットの公平さが重要なんだ。だからどれほど株価が上がっても、売らずに保有して大手ファンドに打撃を与え、腐敗した奴らを退場させよう」と主張し、株をホールドし続ける登場人物たちが象徴的です。同様に、先述した金融映画のジャンルに属する作品もみな、いっけん利益のみを追求しているかのように見えて、最終的には「アメリカ的価値観(American Value)」とは何かという大きな問題に突き当たる部分に妙味があります。だからこそアメリカ映画的なのです。そうしてアメリカの民主主義を追求した結果、登場人物たちが何十万ドル、何百万ドルと売却益を得て終わるというエンディングにも、「ああ、アメリカらしいな」と胸を打たれました。アメリカ映画なのだから、やはり最後にお金は儲けなくてはならない。保有していたゲームストップ株が爆上がりした主人公の妻は、思わず「私たち、ファッキン金持ちだよ(We are fuckin' rich)」とつぶやきます。そう、アメリカにおいて「一瞬で莫大な利益を得ること」は、それじたいが圧倒的に正しいのです。
参照
映画『フォレスト・ガンプ』が示す「理想的なアメリカ人」「アメリカ人らしい行動規範」とはどのようなものか、列記します。
白人であり、男性である
身体が壮健である
知識・教養よりも直感を重視する
戦争へ行き勇ましくたたかう
起業精神を持つ
たえまなく移動し、別天地を求める
株に投資し、一瞬にして莫大な利益を得る
このように列記してわかるとおり、『フォレスト・ガンプ』の主義主張にはあきらかに問題があり、またそれをフォレストというみずからの資質に無自覚な人物へ背負わせるあたりに不満を覚えます。私は同作の主張に賛同しているわけではないのですが(劇中での女性の扱いもひどい)、それは措くとして、同作は「アメリカらしさとは何か」を良い意味でも悪い意味でも象徴した映画になっており、一種のアメリカ論として興味ぶかいと感じています。
【中年男性のスキンケアを本にしました。読んでネ】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?