見出し画像

『ハケンアニメ!』と、何かを作ると決めた人

ハケンアニメを生み出す

大手アニメ会社に勤める斎藤(吉岡里帆)は、監督としてのデビューが決まり、初作品となるロボットアニメをテレビ放映するべく準備を進めていた。斎藤の作品と同じ土曜5時の放映枠で勝負するのは、天才アニメ監督の王子(中村倫也)だ。王子は強敵だが、迎え撃つ斎藤もやる気じゅうぶん。どちらがアニメの覇権(同じクールのなかで一番成功した作品をそう呼ぶ)を取るのか、ふたりの監督による視聴率バトルが始まる、というのが本作のあらすじである。私自身はアニメに疎く「ハケン」の意味すら知らなかったが、アニメ業界の裏側の事情がうまく物語に組み込まれた構成もよかった。思わず応援したくなる、ストレートな作品だ。

何がおもしろいといって、映画を見ていて「この主人公と一緒にアニメを作りたい」と思えないのがいい。特に前半、何かを成し遂げようと殺気立った目つきの斎藤の下で働くのはしんどいだろうなと思った。一般的には、主人公と同じチームでアニメを作りたいと思うような描写が入るのが常だが、斎藤は未熟で、周囲をまとめたり、全体のモチベーションを上げたりするような人格が備わっていない。結果を出したいという気合いばかりが空回りし、余裕がないのだ。20代の若さで初めての監督経験となれば、自分のことで精一杯になってしまうのはわかるが、それにしても思いやりに欠けるし、声優にダメ出しをする場面などまったく同情の余地がなくひどい。自分がもし働くなら、外注の作画スタジオの方がいいなと思いながら見ていた。

笑わない主人公

無愛想な主人公だからこそ伝わる何か

だからこそ、主人公が作品を通してどうにか爪痕を残そうとあがく様子、誰かの心に刺さるアニメを完成させたいと躍起になる姿にリアリティがこもっている。主人公が単に行儀のいい女性だったら、本作はきっとうまく行かなかったと思う。内にこもりがちで、愛想の悪い主人公だからこそ伝わる何かがある。この映画は、何らかの目標へ向かって全力を尽くす、自分の内側から出るエネルギーを完全燃焼させる、という激しい経験について語るものであり、同時に、何かを作ることの苦しさや怖さが描かれているのがすばらしい。アニメの最終話をどうすればいいかに正解はないし、破綻した終わり方であっても結果オーライになるパターンも多い(エヴァンゲリオンなどその典型だ)。周囲に手伝ってもらわないと完成させられない、という重圧にも真実味がある。

劇中、最終話を試写する部屋へ向かうアニメーターの集団が、サム・ペキンパーよろしく一列に並んで「ワイルドバンチ歩き」を決めてみせる場面にも熱い躍動があるが、そこに登場する斎藤が、人でも殺しかねない顔つきになっているのがもっとも印象的だった。みごと。このように険しい顔をした、異様なまでの決意に満ちた主人公が見られただけでも嬉しい。アニメ会社が「顔もかわいい女性監督」として売り出そうとしたとき、斎藤が即座に「見た目は関係ありませんから」と釘を刺す場面にも気骨を感じた。主人公は人に何かを届けようとしているし、そのために手を動かしてモノを作ると決めたのだと観客には伝わる。その燃えたぎるようなエネルギーが感じられるのは、何より吉岡里帆の演技力ではないかと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?