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どんなに心が病んでいても聴ける名盤10選

人生ってつらい

急な話であれですけど、人生ってつらいじゃないですか。ほとんど毎日、精神的にはつらいと思うんですが、さらには年に数回、本当に生きてるのがイヤになるような状況って訪れてしまいますよね。この激しい落ち込み時期には何もしたくなくなるといいますか、映画を見るのもダルい、本を読むのも無意味に感じてしまう、音楽を聴いてもうるさいだけ、といった調子で、心底ぐったりしているわけです。精神が完全に弱りきったときに音楽を聴こうと思っても、自分の波長とまったく合わず、ただのやかましい騒音に感じてしまって、あーもううるさい、と聴くのを止めてしまうことも多い。音楽を聴くのが好きな方の多くが、一度はそのような経験されているのではないかと予想します。

しかしなぜか、そのような病んだ状態であるにもかかわらず、聴けてしまう音楽というのがあるわけですね。耳が音を拒絶せず、すっと心に入ってくる。そういったタイプの音楽があるのはなぜだろうと、ずっとふしぎに思っていました。いったいどういった差があるのか? そうしたアルバムをリストアップしていったところ、いくつかの共通点がありました。たとえば、内省的であること。テンションが低いこと。こちらを無理に励まそうとしたり、強引に寄り添ってこようとしない音楽。ソロアーティスト、あるいは少ない人数で作っているアルバム。その他いくつかの共通点はあるように感じたのですが、「このアルバムは落ち込んでいても聴ける」という作品には、独特のたたずまい、聴く人と近すぎず遠すぎずの絶妙な距離感があるなと発見しました。

今回、そうした基準からアルバムを10枚セレクトし、メンタルが弱っている人のためのディスクガイドとして役立ててほしいと記事にしてみました。たぶんこのアルバムなら、どんな精神状態であっても聴ける。ご自宅で、なるべく低い音量で再生してみてください。Play It Loud の逆、Play It Quiet な10選となっております。ぜひお試しください。

Colin Blunstone "One Year"(1971)

コリン・ブランストーンは、60年代にゾンビーズというバンドのボーカルをしており、その後ソロ活動へ移行、ソロとしての最初のアルバムがこの『一年間』と題された作品でした。これが本当にすばらしい。ストリングスの美しい調べに乗せたボーカルが堪能できる "Smokey Day" など、どれだけ落ち込んだメンタルであっても沁み入るように心に届きます。そこから続けて、アコースティックギターが導くように始まる "Caroline Goodbye" へ続いていく構成も最高で、ああ美しいとうっとりしてしまいます。ドラムやベースを使用しない曲も多いことから、家で落ち着いて聴くタイプの音楽としての人気も高まったように思います。この人が "I Can't Live Without You" と歌うと、本当に生きていけないんだろうな、相手が恋しいんだろうな、という気がして切ないですね。オシャレ系と思われがちですが、このアルバムの内省的な響き、静けさはかけがえのないものです。

Peter Gallway "Peter Gallway"(1972)

ある程度の音楽好きならたいてい知っている人気グループ、フィフス・アベニュー・バンド。そのボーカルがピーター・ゴールウェイです。山下達郎が「三種の神器」と呼んだ3枚のアルバム、"Fifth Avenue Band"(1968)"Ohio Knox"(1971)そして "Peter Gallway"(1972)はみな、ピーター・ゴールウェイが関わった作品なのですが、今回その中で "Peter Gallway" を選んだのは、もっともシンプルで落ち着きがあり、リラックスした趣きがあるためです。アコースティックな楽器を中心とした楽曲はメロディアスで聴きやすく、たとえ恋人が去った後だろうが、投資した株が暴落した後だろうが、そっと聴き手を包んでくれます。優しい。ピーター・ゴールウェイの作曲能力の高さ、グッドメロディを柔和かつ繊細に提示したアルバム。アメリカンのポップミュージックにおける最良の部分がここにあると思います。できれば、三種の神器はすべて聴いてみてほしいですね。

The Smiths "The Smiths"(1984)

スミスは必ず1枚入れたいと思ったんです。これこそ、落ち込んだときのための音楽なので。ただ、どのアルバムが弱ったメンタルに対して有効か、と考えるとなかなか難しい。彼らの最高傑作は間違いなく、サードアルバム "The Queen Is Dead"(1986)なのですが、この段階になるとモリッシーには、ある種の思い切りのよさ、愛に対して逃げずに立ち向かおうとする姿勢、「二階建てバスに轢かれて君と一緒に死にたい!」という激烈なエモーションの発露が生じていて、つまりは若者らしい熱を帯びているんですね。それはそれで好きなんだけれど、もっと暗くて、うじうじしていて、発展性のない不満をためている初期の方が、今回のコンセプトである「落ち込んだ心になじむ音楽」にはちょうどいいのではないか。そう考えたときに、ひたすら暗くて地味な曲が並ぶファーストアルバムはうってつけではないかと思ったわけです。ヨーデル歌手みたいな声を出すマンチェスター出身の男の子が、鬱屈をどう処理していいのかわからず、やみくもに憤りをぶつけていくスミスのファーストは、「そうだよな、人生つらいよな」と共感できるものではないでしょうか。“You’ve Got Everything Now”(【意訳】お前、なんでも持ってるくせに!)など、冴えない兄ちゃんがただ愚痴を並べているだけにも思われますが、それがいいのよ。

Curtis Mayfield “There’s No Place Like America Today”(1975)

カーティス・メイフィールドのアルバムでもっとも穏やかで、内省的で暗い響きを持つ本アルバムは、どのような精神状態であってもすっと心の中に入ってくる名盤です。音数が少なく、絞り込まれたスローテンポのファンクと、カーティスのファルセットが絡み合う楽曲は、どれもすばらしい。グルーヴィーなサウンドでありつつ、どこか暗く、自分を見つめ直すようなニュアンスがあるのが特徴で、このアルバムはいかにつらい経験をした聴き手の耳にも自然に入り込むだろうと感じます。1曲目 “Billy Jack” の悲しげなワウギター、スローテンポながらタイトなドラム、曲の途中から入り込んでくる鋭いホーンをぜひ聴いていただきたい。また、暗く悲痛な曲調の中、1曲だけ歌われるラブソング “So in Love” の甘美さも特筆すべきであり、失恋をした方が聴いても「もう恋なんてしないなんて言わない(絶対)」と感じさせてくれるのではないでしょうか。大推薦盤。

Andy Shauf “The Party”(2016)

カナダのシンガーソングライター、アンディ・シャウフのサードアルバムがこの "The Party" です。題名にそぐわずパーティー感ゼロ、はしゃいでる感じのいっさいない、メランコリックな楽曲が並びます。本作リリース時、アンディ・シャウフはちょうど30歳になるかならないかという年齢でしたが、若いのにおじいちゃんみたいな曲を書くなと感じたことを覚えています。とはいえ、彼のファースト・アルバムのタイトルは “Darker Days”(2009)でしたから、もともと暗い感じの人なのでした。彼の覇気のなさ、ダルそうな感じは最高なので、悲しいことがあった後に聴いてほしいアルバムとしておすすめしたい。作風としては、ギターやピアノ以外にも、ストリングス、管楽器など多彩な楽器を駆使した、凝ったアレンジが得意で、本作においても編曲の巧みさが光ります。何度聴いても発見のある、繰り返し聴けるアルバムに仕上がっています。わけても “Early to the Party” など、アレンジの妙が最大限に生かされているみごとな楽曲。とはいえ彼の最大の魅力はそのメロディです。ソングライターとして自分なりのスタイル、シグネチャを持っているのがすばらしいと思いますね。

仲井戸麗市 『絵』(1990)

ついに出てしまった『絵』。これを紹介しないわけにはいきません。今回挙げた中でもっとも閉塞的で暗く、ひたすら内省するアルバムといっていい『絵』ですが、私は本当に好きで、ずっと聴き続けています。初めて聴いたときから「暗いなあ、なんでチャボさんはこんなに暗いんだろう」と思っていましたが、だからこそこのアルバムは愛聴盤として大事な位置にあり続けています。どれだけ落ち込んでいても聴けるアルバムNo.1。仲井戸麗市はRCサクセションのギタリストとして知られていますが、ソロアルバムにこそ、彼の特徴である密閉性と逃避癖が発揮され、本作『絵』では、「ひっこみ思案だから外に出たくない」「家でひさ子(愛妻)と一緒にいたい」という仲井戸の切なる願いが表現されています。冒頭「ホームタウン」の悲しげなギターのアルペジオから、メランコリー全開で聴き手に迫ってくるこのアルバム。「少女達へ」「グロテスク」と自分自身へ問いかけるような内省もありつつ、その孤独な歌声は「ホーボーへ」の「他へ行こう/他へ行こう/どこへでもホーボーへ」でその極みに達します。つらいことがあったら、ぜひこのアルバムを再生してください。今回の企画主旨にもっとも忠実なアルバムが『絵』だといえます。

Pet Shop Boys “Nightlife”(1999)

落ち込んだときに聴けるダンスミュージックというものはあるのか。単にやかましいだけの音楽になってしまわない、深みのある楽曲とは何か。そう考えたときに浮かんだのは、ペット・ショップ・ボーイズでした。ヒット曲は明るいイメージがありますが、彼らの楽曲は、満たされない思い、孤独、手の届かない相手についての歌ばかりです。"Nightlife" は、PSBのメランコリーな一面がダンサンブルな楽曲と調和した、とてもバランスのいいアルバムで、彼らのディスコグラフィにおいても特筆すべきクオリティになっています。 “Closer to Heaven” では、愛する人の帰宅を待つ者の心情が「望みをください/あなたの愛がほしい/今夜は帰ってくるって、いま言って」と歌われますが、悲しげな曲調からは、その人はきっと帰ってこないのだろうと感じずにはいられません。だいたい帰ってこないよね、待ってる人ってさ。PSBといえば甘いボーカルの響きがトレードマークであり、本作でも「なんてソフトで耳触りのいい声なんだろうか」と感心するのですが、メロディや声と歌詞の相性、コンビネーションのよさもまたすばらしい。ぜひ聴いてほしいアルバムです。

Milton Nascimento “Club da Esquina”(1972)

ブラジルのミュージシャン、ミルトン・ナシメントの作品。ブラジル的なリズム感のあるアルバムですが、同時に全編が悲しげで、哀愁に満ちています。聴いていると、やけにさみしく感じてくるんですよね。アコースティックギターを中心にすえた編成もまた、独特のメランコリーを盛り上げており、わけても冒頭 “Tudu o Que Voce Poda Ser” の調べなど、聴いていると子どもの頃に迷子になって家に帰れなくなった夕方5時を連想してしまって、その瞬間の寄る辺なさがよみがえるほどに豊かな情景を喚起させます。弾き語りスタイルの曲、たとえば “Dos Cruces” や “San Vicente” のような曲こそ本アルバムらしさがもっとも発揮されていると感じるのですが、そこではミルトン・ナシメントの声が持つ悲しみがもっともよく聴き取れると思います。彼がひと声出した瞬間に、なんともいえないブルースが湧き出てくるという、得がたい才能があるのではないか。

フィッシュマンズ 『空中キャンプ』(1996)

私にとって『空中キャンプ』は、いかなる精神状態であっても聴けるアルバムです。もう人生やめちゃいたい、という状況で聴いてもいいし、よしこれからがんばろう、というポジティブな心境で聴いてもしっくりくる。なにかをしようとしているタイミングでも、なにもしたくないときでも、『空中キャンプ』はすんなり聴けてしまう。あらゆる感情に対応した、ふしぎな楽曲群です。フィッシュマンズの最高傑作であり、日本のポップミュージック史に輝く奇跡のアルバムが『空中キャンプ』です。「人生はおおげさなものじゃない」と語る佐藤伸治はこのアルバムで、日々をただ生きていくとはなにかを模索しました。その結果、「置物みたいなひま人あるじが/店の奥で座ってる/なにかを見てるさ 一生懸命/アー」(幸せ者)という驚愕の歌詞を生むにいたります。こうしたメッセージはあきらかに、90年代のトレンドに逆行していましたが、それゆえに持ち得た普遍性によって、いまも聴き続けられる作品となっています。生きる気力が萎えかけている聴き手に、このアルバムはきっとポジティブななにかを与えてくれるのではないかと思います。

The Beach Boys “Smiley Smile”(1967)

10選の最後は、ビーチ・ボーイズの "Smiley Smile" です。この密室性と暗さ。不健全な音楽、としか呼びようがありません。もし友だちが家にきたときにこのアルバムを流したら「この妙な音楽はなに?」と訊かれてしまうでしょうし、聴き方として「ひとりで夜中に聴く」以外の状況が想像できません。まるでこの世とあの世をつなぐ三途の川で流れる音楽のような彼岸の感覚を、このアルバムからは感じ取ってしまいます。そして作り手であるブライアン・ウィルソンもまた、孤独だったのではないだろうか。サイケデリックな実験作という位置づけの本作、しかし通して聴いてみると、さまざまなアイデアの合間に顔を出すメロディの美しさに圧倒されます。どれだけ悲しいできごとがあっても、このアルバムは聴けるという確信があり、それは作り手の抱える悲しみが音楽を通じて伝わってくるからではないかという気がしています。個人的には、ビーチ・ボーイズのベストアルバムであり、アメリカという国のノルタルジアと孤独を象徴しているような気すらしています。すばらしい作品。

まとめ

さて、10選が終わりました。どれも地味で暗いアルバムばかりですが、本当にすばらしいので、ぜひ聴いてみてほしい。そして、聴いた感想があれば私に教えていただきたいです。サブスクリプションサービスがあると、こうしたレコメンドが容易になるのもいいですね。すぐ聴けますから。なにしろ人生つらいことばかりですが、音楽を聴いたり、友だちに相談したりして乗り切っていきましょうね。

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