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『21ブリッジ』と、正しくない者の下す正義について

※内容に触れているため、未見の方はご注意ください。でもまあ、警察モノの映画ってだいたいこんなプロットですよね。展開は予想の範囲内なので、読んだからといって特に映画を見る楽しみが阻害されるわけではないと思います。

観客が感情移入しにくい主人公

『21ブリッジ』の主人公アンドレ(チャドウィック・ボーズマン)は、観客が感情移入しにくいキャラクターです。尊大で、男らしさに取りつかれ、捜査のルールを無視する傾向があるためです。それを恥じるどころか、容疑者の殺害を咎める同僚を「戦わずに逃げる連中だ」と非難さえします。主人公は警察官のバッジが持つ権力を大きく見すぎているし、昨今のBLMに象徴される警官の暴力への反発にも逆行していました。観客は、この男の言動には同意しかねると感じながら物語の進行につきあうのですが、『21ブリッジ』の複雑なメッセージは、彼のような人物にしか伝達できないものなのかもしれません。

麻薬を密売する秘密の場所から50kgの麻薬が強奪され、現場に駆けつけた警官と犯人の銃撃戦が発生、7名が死亡という事件が起こります。2名の犯人は逃走中であり、主人公はマンハッタンを完全封鎖して、島の外側へ逃げられないよう指示を出します。物語は、逃げようとする2名の麻薬強奪犯と、それを追う警察の動向を交差させつつ、マンハッタン封鎖のタイムリミットとなる夜明けまでを描いてきます。麻薬問題や警察組織の歪みなどの問題に加え、現実に存在する監視カメラ、LMSI(Lower Manhattan Security Initiative)の描写なども実に興味ぶかいものがあります。マンハッタンのあらゆる場所に設置された監視カメラLMSIは、瞬時に映像情報を引き出すことが可能で(あまりに高度なシステムなので映画内の設定かと思っていたのですが、実際に存在するものでした)、犯人逮捕の強力なツールとなります。こうした捜査の実情が作品に反映されているのも見どころのひとつです。

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過剰なマスキュリニティ

主人公は警察官の家系で育っています。彼の父も警察官であり、アンドレ自身も警察官以外の選択肢はあり得ないと、子どもの頃から考えていました。主人公の父は捜査中に殺されており、その経験が彼の警察官としての資質に影響を与えているようです。冒頭、主人公は捜査中に容疑者を殺害したかどで、署内の内務調査を受けています。彼は警官殺しの犯人を追跡する際、自己防衛と称して容疑者をすぐに殺害してしまう悪癖がありました。主人公は「ベトナム戦争で実際に発砲したのは、全体の兵士の3割しかいなかったらしいぞ。俺はその3割だ。君らは7割の方だろうな」とうそぶき、自分は怖れを知らぬ戦士だと誇示してみせます。ずいぶん威勢はいいですが、あまり近づきたくないタイプの人物です。こうした過剰なマスキュリニティは、父親の復讐という私怨が関係しているのではないかと、観客は推測します。

後半、物語は警察組織の歪みにフォーカスされていきます、こちらも非常に複雑な題材です。マンハッタンの警察官はマンハッタンに住んでいない、と劇中のせりふで語られるのは象徴的でした。家賃が高すぎて、警察官の給料ではとても住めない。そのため、離れた場所からマンハッタンへ時間をかけて通勤しなくてはならないのです。過酷な仕事内容と給与とが見合っていない。また警官という仕事は人びとに嫌われるのが常であり、ましてやBLMのような警官の暴力に反対するムーブメントがあればなおさらです。劇中「NYは彼らを嫌っているが、彼らはNYを守る。命がけで、それも毎日」というせりふが登場しますが、警官もまた厳しい状況のなかで働いていることは間違いありません。

異物の存在

こうした事情を知ってから物語をあらためて俯瞰すれば、警官がある種の「内職」に手を出す状況を一方的に責めるだけでは、根本的な解決にはならないように感じてしまいます。主人公はしがらみを嫌う性格からか、おさえの効かない性格からか、警察組織内でも浮いてしまっており、あるいは署内では常識とされていたような事情も知らずにいたのではないでしょうか。「コイツは話が通じなさそうだから、放っておこう」というように、主人公は本人も気づかないうちに放逐されていたことになります。警察署を出る主人公が「自分だけが蚊帳の外だった」と気づいてしまうショットの悲しさ、孤独感はなんともいえないものでした。

しかし、だからこそアンドレは、この陰惨なストーリーの語り部となれたのではないか。「自分は警察官として働くしかない」と信じていた彼が、同じ警察官の仲間にとっても異物であり、つまはじきにされてしまっていたとは悲しい話です。しかし、現実社会にもなじめず、警察官としても特異な存在であった彼だからこそ、最終的な真実にたどりつけた。社会の嫌われ役となった警察では、内部の結束が過剰に強まり、社会では通用しない理屈が幅をきかせてしまう。そこを突破する異物の存在こそが、主人公アンドレだったのではないでしょうか。

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