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季節外れの紅い花  #リライト金曜トワイライト

彼女の隣で手を合わせていました。北の大地は、ダイヤモンドダストの舞うマイナス7度。空はどこまでも澄んでいて、自然の偉大さに、身体ごと吸い込まれてしまいそうです。季節外れの紅い花を挿そうとしたら、お墓の花差しは凍っていました。お線香の煙が舞い上がるのを見届けると、二人で街に戻りました。言葉を交わすことなく。

家族を失い、遠く田舎の親戚とも離れた札幌での生活は、積もり積もった雪に埋もれたクルマのようでした。実際に彼女の軽自動車は、春まで雪に埋もれていました。何もかも失うと、青白い光が見えるようになります。福岡から札幌間の距離は2000キロくらいでしょうか。何もない空虚な人生。色の無い風景。冬は終わりそうなのに、北の大地に春は来ません。彼女に歩幅を合わせ、小さく歩いて何度も転び…それでも痛くはありませんでした。

彼女と出会ったのはニセコ町。リフトを降りて、スノーボードの板をはめている時、転んで突き当たってきたのが彼女でした。何度も謝る彼女の白い帽子が落ちて、ポニーテールの長い髪が揺れます。「大丈夫です。」と逃げるように、滑り出しました。どこまでも際限なく続く、白く輝く平野に吸い込まれていくうちに、そんなことはすぐに忘れてしまいました。滑っていくうちに、途中で転んで雪に埋もれている友人に追いつきました。何でも話せる気の置けない旧友は、仕事のメールに気を取られていたようです。

当時は2月になると、ロードバイクのオフトレーニング合宿に参加するのが恒例でした。場所はタイ北部のチェンライ。国境近くの町です。タイは真っ平な国で、信号がない限り休憩はありません。プロ選手たちは毎日200キロ以上走るのです。『自分を変えたい。変わりたい。』その一心で、参加希望しました。朝8時過ぎから、夕方16時過ぎまで、毎日ただひたすら走る。1か月で3000キロ以上走りました。故郷の福岡から札幌までより長い距離です。初めて見る景色。雨季の前の乾季。キツくても、幸せでした。

滑走を終えて、友人とスキー場のカフェに入り、空いている席を見つけました。ふと隣を見ると、白い帽子に見覚えがあります。先ほどの彼女が友人と食事の最中でした。「先ほどは…」どちらからともなく挨拶を交わします。2人は札幌から来ていました。2人とも職業はネイリスト。何となくその場の雰囲気で、たわいのない話をしました。

その後、また長いコースを友人と2人で滑りに行きました。今を生きるのに精一杯だったその頃の自分。”なにも期待しない””なにも期待されない”。何もかも失った自分にとって、現実は遠く、大自然の雪景色に溶け込んで、何も感じなかったからかも知れません。すべてが白く、モノクロのように、色が無い景色だったのは。

その年のタイ合宿は4週間の予定でした。その中間の土日はオフ日です。金曜日のトレーニングが終わると、シャワーを浴び、着替えをして、帰国の準備をしました。日曜日の夜中には戻るから、荷物はリュック1つです。コテージの老人が、ピックアップのトラックで、空港まで送ってくれました。老人の英語は下手で往生しましたが、親指を立てて、笑顔でGood Luck!と送り出してくれたのだけは分かりました。空港へと繋がる、陽が暮れていく道の上には、マジックアワーの綺麗な空が広がっていました。

小さなローカル空港は、人もまばらで寂しく、手荷物検査のゲートを超えると、店も閉まっていて、出発ロビーはガランとしていました。こんなに寂しく感じる日でも、その日が誕生日の人もいる。たとえ誰も祝ってくれなくても。その人にとって、特別で大事な日。

空港にむかえにいくね...」彼女の声が、ふいに耳によみがえります。

一方、乗り換えのスワンプナーム国際空港は、深夜なのに人が溢れていました。時差は2時間。今頃、彼女は寝ているでしょうか。LINEには、深い雪の中に燦然と輝く季節外れの紅い花が映っていました。お墓参りの時のあの花です。ラウンジに行くと、オレンジ色に光る空港の滑走路の先に、離陸する飛行機が見えます。明後日の日曜夜には戻ってくる。ほんの”一瞬の帰国”だけど”永遠の別れ”に感じました。明後日を逃したら、二度とここに戻ることはないような気がしたからです。

やがて搭乗口が閉まり、機内のアナウンスが聞こえて来ます。必ずここに戻ってくる! その『決意』を新たにし、滑走路の番号を凝視していました。身体がシートに押しつけられ、地上が遠くなっていきます。グルっと旋回すると、夜景はどんどん遠ざかっていきました。やがて朝はやってくる。何も言わずに、ただしっかりと抱きしめようと思いました。髪のすき間から見える寝顔が魅力的な彼女を。そしてこの景色を。目を閉じると”あの日の紅い花”が涙のように浮かんできました。彼女を思い出させる紅い花。そして高度はどんどん高くなっていくのでした。

#七夕トワイライト

【追記】

今回のリライトのポイント
一読して、光景が目に浮かぶよう、とにかく分かりやすく書く事を一番のポイントにしました。

なんでこの作品をリライトしたのか?
他の作品に比べて、私はこの作品が一番入りづらく、正直よく分からない所が数ヶ所ありました。何度も読み返しているうちに、分からない所は分からないなりに、大筋はそのままにして、自分の言葉でお話を'料理‘してみたいと思うようになりました。他の方の作品も参考にさせて頂きながら、時間をかけてじっくり煮込んでみました。

どんな所にフォーカスしてリライトしたのか

季節外れの紅い花が、赤い糸の役を果たしてくれたら…と願いを込めて書きました。物語の触りの所で、紅い花と彼女が重なる印象が前面に出てくるように、焦点を当ててみたつもりです。男性が主人公な上に小説を書いた事もありませんでしたが、面白そうな企画だと思い参戦。下地はあるので、とりあえず腕試しで自分なりに物語を改造してみました。いざ書き始めると、気が付けば夢中になって書いていました。楽しい企画を有難うございました。

冒頭のイラスト、使わせて頂いて問題ないでしょうか?
                                  

どの金曜トワイライトをリライトしたか
https://note.com/ikematsu/n/nb353ae80c808




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