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お前は何でそこにいる?(注:中途半端SS)

未完の小説シリーズ1


*****

 例えば、敵に向かって投げた、必殺技の爆域内。
 例えば、全員が離脱しきった、崩壊予定の建物内。
 例えば、落ちることが分かりきっていた、ミサイルの着弾点。
 例えば、絶対に当たるはずの無い、誰もの死角。
 例えば、自爆すると予測ができた、敵の首領の、足元に。

 アレクシスは毎度、彼女を見ると、言わずにはいられない言葉がある。

 だから。
 だから。
 いつも。
 いつも。

「お前っ……何でっ、そこに居るっ……!?」


*****

「はっ……!!」

 それは見慣れた宿舎の天井……ではなく、即席の天幕の裏だった。
 筋ばった骨組みが中央で纏め上げられて、東国の雨除けを思わせる。
 あぁ、違うか。あれは前の世界の……。
 思って、アレクシスは大量の冷や汗をかいていることに気がついた。

「…………」

 自分は、何て縁起でもない悪い夢を見てしまったのだろうか……と。
 いや、いや、待て、待て。
 あの面影……というか、あの雰囲気は……この野営場でも、見かけたことがあるような……?
 アレクシスは申し訳程度の薄い毛布を放り投げ、自分用に与えられた天幕を後にした。
 心の中は、居たよ、絶対、あいつ、居たよ、この野営場に……!! だ。

*****

「わ〜〜すご〜く、良い匂い〜〜」

 頭の天辺が白色、毛先にいくほど濃い桃色になる、苺色をした娘が一人。大型の魔物を狩るために、集められていた傭兵隊の野営場所にて、鍋料理というものに手をつけていた。

「でもちょっと具が足りないかな」

 流れの傭兵ならば、食事がいかに粗末でも、思うことはあまり、ない。出して貰えるなら儲けもの。無ければ無いで、自分でどうにかするというのが、彼らの流儀、常識だ。

「さっき摘んどいて良かった〜〜〜」

 苺色の娘の手には、青々とした薬草が一握り。市場で売られる青菜に似ていて、葉先までパリッと立った新鮮さ。最後に鍋の中へ足すことで、シャキシャキとした食感が楽しめる一杯になるだろうと思われた。
 取り出したナイフで丁度いい長さに切ろうと、娘がまさに手をかけようとした瞬間。バスッ!! という風圧と、コキリ、という小気味良い音が、辺りに鳴り響く。
 娘の手のひらからは青菜が消えていて、ついでに手首が力を失い、だらりと下がったようだった。

「…………あれ? 痛い……」

 それもそのはず、瞬間移動かと見紛うほど、神速で駆けつけたアレクシスに、手刀で青菜もろとも鍋の外へと弾かれたから。むしろ、手首の先が繋がったままなのが、幸いと言えるような威力だった。

「……提督、痛いです」
「提督じゃねぇ!」
「……元帥、痛いです」
「元帥でもねぇ!」
「……将軍、ご無体です」
「将軍でもねぇよ!」
「……じゃぁ、タイチョー?」
「……今はそれが一番近いが、今回は流れの傭兵だ」

 二人は互いに見つめ合い、言葉を交わした後にあるのは、互いの言葉に乗った“感覚”。

「っっっ、つーか、お前っ」
「はい! お久しぶりです!!」
「お前も記憶あんのかよっ!?」

 だーーーーっ!!! と叫んだアレクシスの姿を、周りの傭兵たちは恐々と見つめて過ごした。

「取り敢えず、アレな。その葉っぱ、毒草だからな? それとも何か? お前は敵のスパイなの?」
「えっ、あれ毒草だったんですか!? てっきり食べられるかと……」
「あの草の形、有名な毒草のそれだからな? 見た目でもうヤバそうだろ? それとも何か? お前はアホの子だったの?」
「厳しいとこ突いてきますね〜〜。馬鹿だアホだとは過去もよく言われていましたよ!」
「過去も……って、記憶があるのに改善されないの? どうなってるの? お前の頭」
「やはは〜〜。おじいちゃん神様にも同じこと言われちゃいました! ちょっと君、アホな理由で死にすぎだよ? って。もうどうしようもなくなって、ワシの世界に飛ばされてきたんだからね? と。せめて二十歳までは生きて欲しいんだけどね? って。だからこの世界では、頼れる人の記憶を持たせてあげるから、彼に助けてもらいなさいね、と!」
「え、どういう意味なん、それ。つまりなに? 俺? 俺なの?? 神様にも丸投げされたの、俺。無理だろ、ここまでのアホなんか、今まで周りにいたことねぇし……えぇぇぇぇ」
「多分、そうですね!! というわけで、どうぞよろしくお願いします! タイチョーさん!! ちなみに、この腕、どうしたらいいですか?」
「はーーーーっ!? お前っ、お前っ、あっさりしすぎだし!!? それに何!? その格好、まがりなりにも同じ傭兵してんじゃねぇの!? 癒(ヒール)くらい使えんだろ!?」
「む。私の無能っぷりを舐めきってますね? 誰も教えてくれないもんで、どうやったらいいか不明です。それに、もっというと、どうして自分が今ここに居るのかも不明だったりするやつです!」
「はーーーーっ!? なんでそうなんの!? 変な列にでも並んだの!?」
「あっ、そうでした! 王都に着いたばっかりで、お腹がすきすぎていて。てっきり炊き出しの列だと思っていたら……そのまま連れられて、こんな場所に……」

 ヒョー、ヒョー、と不気味な声が鳴る森は、最近大型の魔物が棲みついたことで有名な、“魔の森”の一つだった。

「…………癒(ヒール)」
「わぁっ、どうもありがとうございます!」
「…………うん。お前、野営場で待機な? 戦力どころか足手まとい必至。つうか、お前にうろちょろされるとマジで迷惑」
「うんー……でもそれだと、ごはん、頂けないですよ?」
「…………わかった。わかったよ。じゃあ、お前、俺の従僕な。いいか。俺の天幕でずっとじっとしていろよ?」
「いいんですか!? 了解です!!」
「とっ、取り敢えず付いてこい」

 今更、アレクシスは人の目があることに気がついた。
 この世界には無い言葉だが、クールぶってきた自分のイメージが酷く害されていることに気がついて、恥が出たようだった。
 現に周りの傭兵たちも呆けた素振りで彼を見ている。
 魔物が徘徊する魔の森の一つ、スース森林に巣食った魔物。森に踏み入った傭兵ら数名が、戻らなかったことから今回の事件は始まった。
 戻らなかった傭兵は、いずれも手練れとしてそれなりに有名だったのだ。 大した魔物も湧いてこない、この森ではあり得ない事態。一人、二人なら事故かと理解できるが、戻らない傭兵が十名近くになった時、ようやく人々は何かが起きている、と。理解して調査隊を派遣したのだ。
 派遣された調査隊が森で見つけたものは、ゆうにお屋敷ほどはありそうな体長のスース、つまり、巨大な豚型の魔物であった。
 この森に普段から生息している、中型のスースがどうやら経験値を積んだらしく、みたことのない巨体に成長した上に、魔法まで放てるようになっていたらしい。
 調査隊の面々も命辛々森から離脱してきたようであり、あんな化物見たことがない、と全員が口を揃えて依頼主へと報告をあげた。
 この森に一番近い、国の、そうした組織において。軍を派遣するのか、誰に指揮を取らせるか、と。揉めに揉めた……というよりは、この世界において、そうした仕事を振るのなら、傭兵、という都合の良い存在があったのだ。
 国はすぐさま大陸の傭兵達に、触れを出して討伐を依頼した。集まった者の中で、最も腕が立つ人物に指揮権を与えるように。そうして、後は放置した。
 傭兵隊長アレクシス・リレイ。
 茶色の髪と、深い緑の目を持つ優男。
 地味な見た目に反するように、彼はこの業界内でも指折りの傭兵だった。 特筆すべきは何か、といえば、持って生まれた魔力の量と、使いこなせる武器の多さ。そして、それなりに話が通じる器量の良さにあるだろう。
 流れの傭兵として、仕事を求めて国々を移動していく彼らの中には、どうしようもない“悪漢”が混ざるのも、また仕方ないことだったのだ。
 特に、腕で見るのなら。どこまで乱暴だろうが、どこまで強欲だろうが、どこまで粗雑だろうが関係ない。魔物を倒せる力さえあればいい。それさえあれば多少の“汚れ”は、気にするだけ無駄というのが、この世界、この大陸、この時代の風潮だった。
 そんな中、愛想はないが、寡黙で“話が通じる”アレクシス・リレイは、多くの国で印象がよく、こなした仕事の質も良かった。一見すると地味な見た目だが、指揮を取らせれば犠牲者が少ないことも、彼の知名度をあげることに役立った。
 今ではそんな彼を慕う傭兵もそれなりにいて、彼が討伐に参加すると耳にすれば、彼を慕う面々がそれなりに集う風だった。
 そうして、互いに顔見知りとなり、様々な情報が飛び交う業界。活性化するではないけれど、彼に憧れて傭兵業へ流れる若者も、それなりにいるような存在にまでなっていた。
 一見すると優男ではあるけれど、得物を持たせたら沈黙の殺戮者。
 この世界にはない言葉だが、ソー・クール、というやつだった。
 だから、少し前の彼の姿は、彼を慕う面々からして、少し────いや、かなり、異様な風だった。
 天幕に戻った彼は、連れてきた娘を改めて、上から下まで見定めた。
 頭のてっぺんの髪色は白。天使のワッカのある場所で、徐々に桃色に染まりゆく。それも何故か毛先に行くほど、色の濃い赤になる。緑の帽子をかぶせたら、紛うことなき苺色。
 実は密かに苺が好きなアレクシスは、ほんの少し、ときめいた。
 顔は……可愛い方かもしれない。クリクリの目は幼いが、身長から察するに、成人に近い女性に見える。
 んん゛っ、と喉を少し鳴らして、彼はまず名前を聞いてみることにした。

「お前……名前は? 俺はこの世界だとアレクシス。アレクシス・リレイ。流れの傭兵をやっている」

 対する娘は、心得ておりますよ!
 と言っていそうなキラキラの笑顔を浮かべて見せた。

「フラウラと申します! 無職です! 提督とお話できて光栄です!」
「いや、だからな? 提督の時はもうずっと前……あぁ、どのくらい前なんだろうな? 忘れもしない。全員がコロニーから逃げ延びたと思っていたのに、敵国に爆撃されて舵を取らせた瞬間に、コロニーの窓に張り付いていた、お前の間抜け面……お前、あの時は何でそこに居た……??」
「む? 第9区のコロニーですよね?? んー……と、確か、忘れ物をした気がして」
「わかった。そんでそれを取りに行って乗りそびれたんだな?」
「あ、いえ。間に合ったんですよ? でも、こう、扉が閉まる瞬間に、名前を呼ばれた気がしてしまい……」

 飛び出したらもう、船の扉が閉まったどころか、みるみる離れていってしまって……。
 ふにゃっと笑うフラウラの顔は、悲壮感がまるで見当たらなかった。

「何でだ……おい、何でだよ……?」
「えーっと……何となく?」

 ガクッと肩を下げたアレクシスは、聞いた自分が馬鹿だった、と束の間、項垂れた。

「取り敢えず……俺のことはアレクシスと呼んでくれ。お前のことは……フラウラ……フラウ、と呼ばせてもらう」
「了解です! タイチョーと呼ばせて頂きます!」
「え。今の話、ちゃんと聞いてた?? 名前でって言ったよね? 俺」
「うぅーん……でも、こう、有名な傭兵のアレクシス様を、名前呼びって……何様!? と思われそうで……」
「は? なんでだ?」
「えぇー……ご本人様はご存じないかも知れないですが……アレクシス・リレイ様は、それはもう有名な傭兵様なんですよ?」

 得物を持たせれば沈黙の殺戮者。
 魔力量も半端なく、彼に扱えない武器はない。
 大陸の七星に数えられるほどの傑物で────。

「待て待て待て待て。何だそれ!? 恥ずかしいこと言うなよ馬鹿!」
「えぇー……でも、概ね、今も昔も、貴方様はそんな感じですけどねぇ……」 

 第九コロニー護衛戦艦オルフェリアの提督だった頃も。
 戦国、ヤマトイヅルの国の四元帥だった頃も。
 ディレイ・アデレード帝国の将軍をしていた頃も。
 彼は数え切れないほどの軍階級を上り詰め、最高位まで到達するような武勲ばかり立てていた。
 一般人のフラウラには、いつもいつも、輝いて見えた雲上人だ。
 持って生まれた肉体的な優位性を発揮して、きっと彼は頭脳の方も抜群に良かったのだろう。加えて努力家。人徳もあったらしく、いつも人々に囲まれて、尊敬されていたような姿が浮かぶ。

「……涙が出そうなくらい、自分の人生がしょぼいです……」

 対するフラウラは、いつも“場面の端っこ”だった。
 第九コロニーでは、彼が言うように置き去りになり。
 ヤマトイヅルの国においては……これも、置き去りになった気がする。目が覚めたら誰も長屋におらず、ひたすら首を傾げたような。どっと雪崩れ込むような敵軍の姿を見たきり、記憶がないのが最後の記憶。
 帝国の時は兵卒にはしてもらえたものの……あっ、綺麗なビー玉! と思って転がる玉を追いかけて、やはりその後の記憶が無い。
 美人だった記憶もなければ、恵まれた家庭環境も、実は体験したことがない。おじいちゃん神様に、どの人生も徳を積むほど生きてはおるまい、と諭されたのがあったので、それもそうかと思うのだけど。
 常にそこにはフラウラの意識を奪う、魅力的な何かが落ちていて、彼女は彼が言う謎の局面で、謎の行動を起こしてしまうらしかった。
 後に控えているのは、いずれも身の破滅のみ。

「でも、ちょっと不思議です。タイチョー様、よく私のことを、覚えておいででしたね?」

 と。
 それを聞いたアレクシスは、確かに少し、不思議に思う。

「……何でだろうな? いつもいつも、俺は全員を助けることができたと思って……なのに居るんだよ。絶対破滅領域に、お前が、何故か、居るんだよ」

 むしろトラウマ……。
 異界の言葉で、呟かざるを得ないほど。
 両手で頭を抱えた彼は、天幕の中でため息をついた。
 そこへ、外から食事の声がかかる。

「やーだ! アレク、ついに女を連れ込んだんだって〜〜?」

 底抜けに明るい声だが、しっかり成人男性の声だ。
 フラウラはぽかんとして、天幕の入り口を押し上げてきた人物を見た。

「おぉぉ……おねいさんだ」
「上手いこと言うじゃなーい!」

 パーン! と背中を叩かれて、フラウラはその場に蹲った。

「…………癒(ヒール)」
「ちょ!? え!? そこまで脆弱!?」

 おねいさんは見事にフラウラの肋を折った。
 悶絶した彼女の姿に、気づいたアレクシスも中々のものだった訳だが、たちどころに骨折を癒した能力は、さすが、傭兵隊長か。

「おねいさん……私は、おねいさんが思う雑魚より、雑魚キャラですので……」
「わぁぁ、ごめんなさいってばーっ」
「タイチョー様、ありがとうございます。よく肋が折れたって分かりましたね?」
「……まぁ、経験?」
「アレクも真顔やめなさいよ!?」

 ふんすっ、と鼻息を荒くしたおねいさんは、自分のことを「ミムラス」とフラウラに自己紹介をした。

「アレクとは腐れ縁なの。故郷が同じ。あ、でも、私は、傭兵の中でも支援系」
「見た目に騙されるなよ? こいつは戦う支援系だ。やめろって言ってもガンガン前線を攻めに行く……」
「戦えるんだから、別にいいじゃない? そこら辺は」

 おほほ、と扇で自分を仰ぐような彼(?)は、腰元までスリットの入った、際どい衣装を身に纏って見える。フラウラの記憶が正しいのなら、それは女性用の装束だ。
 でもまぁ、似合うといえば似合う。少なくともフラウラよりも、女性の魅力が醸し出された立ち振る舞いの美しさ。お顔も、アレクシスとは別方向に、美形、だと思われる。

「フラウラ・シュトレーです! 本日付けで、タイチョー様の従僕に任命されました! どうぞよろしくお願いします!」
「あらあら、まぁまぁ。若い子がいるといいわねぇ.:゚+ アレクのお世話、どうぞよろしくお願いするわね! ついでに夜のお世話の方もしてくれると助かるわぁ! この人ったら全然女っ気がなくてねぇ……勿体無いじゃない? 優秀な男の血は残すべきよねぇ?」
「ドーンと任せやがれ! です!」
「待て待て待て待て、どうしてそうなった!? 断れよ!? それにお前みたいなガキに勃つ訳……」

 じぃ、と。
 彼は自分で言いながら、その先の展望を予想したらしい。
 苺……好きなんだよな、と。
 だが、常識に厳しい彼は、すぐに考えに頭を振った。

「無理。ミムラスに茶化されるから、無理」
「私で勃ちはするんですね?」
「まぁ、適齢期ですからね」
「お仕事の人、呼びましょうか?」
「そこまで女は欲してないし」
「わぁ……とても楽しみな展開……可愛い女の子と同じ天幕で、アレクがどこまで耐えられるのか……」

 きらきらとした視線を向けたのは、もちろんミムラスだ。
 アレクシスは飄々として、フラウラは「へぇ〜〜〜」という顔をした。

「ま、取り敢えず。はい、これ、フラウラちゃんのお昼ごはん」
「豪華! いいんですか!? 三日くらい食べてないので嬉しいです!」
「…………三日」
「…………三日?」
「いただきまーす!」
「おい、胃がびっくりするだろう? 消化にいいものだけ食べろ」
「はひ! でも、むぐ、んっ。大丈夫です! 昔から、胃だけは強いので!」

 ガツガツとかき込む少女を見やり、大人二人は呆れた顔をした。

「そりゃ……毒草も美味しい草に見えるわな」

 アレクシスの呟きを聞き、ミムラスは愕然とするが。

「おいひいですっ!」

 と、元気よく返した少女に、向けた視線は優しかった。


 さて、魔物が湧いてくる、魔の森、スース森林。
 傭兵団一行は、件の大型スースのねぐらを、慎重に探っているところだった。日数をかけるほど疲弊するのは明らかで、指揮を任されたアレクシスも、今日中にはカタをつけたい気分のようだ。
 何度か、彼が指揮する仕事に従事したことのある傭兵たちは、彼のやり方、言いたいことを粗方理解しているようで、初めて彼の指揮する場所に入ってきた新顔は、短い間で仲良くなった周りの傭兵仲間から、団の雰囲気を教えられ、空気を掴み取っていく。
 常に索敵。
 周りと共戦、一人だけで戦わせない。
 自分から遠くても動きがあれば注意を払う。
 誰も索敵していない場所には踏み込むべからず。
 もし自陣内に魔物が侵入した場合、取り逃さず倒すこと。
 それが自陣を撹乱した場合、どれだけ厄介な事態になるのか。身をもって知る者たちは、彼の言いつけを確と守った。
 小型から、中型のスースに至るまで。魔物は“深淵”から際限なく現れるので、どれだけ狩ろうとも狩りすぎには当たらない。
 むしろ、大型のスースとの戦闘を考えるなら、狩り尽くしておく、くらいの気持ちでいた方が安心だ。
 索敵しながら前線を張るミムラス達を、じっと見定めながら、アレクシスは高い木の上を散歩するように渡って行った。地平線まで続くかのように思える森林は、奥へ行けば行くほど深淵に近づいて、魔物の強さも桁違いになると言う。
 森の所々には昔の戦の名残だろうか、いつの時代かも分からないほど苔むした構造物や、半球状にくり抜かれたボコボコの大地、竜種が頭をあげているような広い湖の姿も見える。
 スース森林とはこの広大な魔の森の一部、ごく浅い新緑の緑に染め上げられた部分をいう。スース、と言う豚型の魔物が多く徘徊していることから、そのまま名をとって付けられた。
 普段は傭兵になって日の浅い者が挑む狩場であって、肉の美味さから中堅層の傭兵もたまに挑む場所。上位層であるアレクシスやミムラスにしてみれば、若い頃に挑んだきりの懐かしい狩場でもあった。
 若い頃……と言ってもまだまだ、充分若い彼らだが。
 月が満ちていくように、左右で弧を描く前線を引いていた傭兵団は、ミムラスが居る中央部分が、もう少しで森林全体の中間地点に到達しそうだ。
 奥へ進めば進むほど、左右の前線部分で小さな戦闘が頻発しているようなので、多少歪みはあるものの、全体として見る時は、予想を裏切る崩壊などには至っていない風だった。
 大丈夫そうだな、と。
 ミムラスが居る場所を見下ろしながら、少し先へと視線を向けた────時。

「アレク!! すごい魔圧感じる!!!」
「っ!!」

 クォン、と響いた魔圧の、球状の派生場所を見て。
 アレクシスは腰から抜いた両刃剣を、思い切りそこへと放り投げていた。
 ズズウゥン!! と、巨大な何かが足を踏ん張り、地面を後方へと下がったような。爆音と土煙、ギュオオオオン、と響き渡った魔物の咆哮が、森で前線を張っていた彼らの耳に飛び込んだ。

「警戒して! アレクが突っ込んだから、私達は雑魚処理よ!!」

 爆風がスリットを翻し、ミムラスは周りの仲間に指示を出す。その裏側で、最初からアレクシスが“飛んで”行ったのを、嫌な気分で見送った。大事にならないといいけれど……と向けた視線は硬かった。
 大抵、彼が出る時は、彼が思う閾値を超える魔物が現れた時だから。集められた傭兵達のまとめ役ではあるけれど、魔の森の浅い場所で、彼の出番は無い筈だった。
 ズウゥン!! と、二波めの爆音と土煙が上がる。
 魔物の咆哮も、二度、三度、続いたようだ。
 前方から、彼らの戦いを避けて逃げてきたのか、魔物が次から次へと飛び出してくる。それを黙々と処理をして、前線を張っていた彼らは、彼らの大将とも言える彼の戦いに思いを馳せた。
 魔力の圧と言われる魔圧が、轟々と押し寄せる。
 土煙が晴れないと、どんな戦いをしているのか、細部を見ることは出来ないが。付き合いの長いミムラスは、届いた魔圧の量でそれがどちらの攻撃だったか、彼がどんな技を出したか、見当をつけていく。
 魔物の攻撃。少し冷気が混ざるから、氷系を扱える。対するアレクは横薙ぎ一線。続いて手首を返す動きで、下段から剣先を斬り上げたと思われた。魔物は次に炎を吐いて、アレクは上段から振り抜き、回避。

「伝令して! 四時と八時にでっかい炎の半球が届くわよっ!」

 左右の傭兵達はミムラスの叫びを聞いて、割れた炎球が飛んでくるぞ!! と次々、横へ伝えていった。
 一拍後、彼が叫んだ地点で地表に炎が着弾する熱波が上がる。
 それ以上を語らなくても、近くの傭兵達が消火を始めた気配を知って、なかなかいいチームじゃない、とミムラスはニイッと微笑んだ。
 アレクシスが指揮をとると、他で戦闘に参加するより、仲間の動きが早くてやりやすい。そりゃ、どうしようもない愚図が混ざることはたまにあるけど、一度怖い思いをすれば、大抵、その後は真剣になる。
 経験も大事よね〜、と彼は細身の剣を振る。
 魔力(ちから)に込めるのは、捕縛系の聖刻文字(ヒエログリフ)だ。剣を覆った魔力に乗せて、ミムラスはアレクのいる方へ、投げる気持ちで振り抜いた。このくらいの速さなら、余裕で避けられるでしょう? と込めて。 
 衝撃波が発生するほど、叩きつけられた魔法だと……気付けたものは一部だけ、だろうけど。
 ミムラスが探る前方で、アレクは問題なくそれらを避けて、うまく魔物に“当てた”らしい。魔圧と魔圧がぶつかって、おや? 思いの外、魔物も力があるのねぇ。そんなに簡単には外れない“網”だった筈……。と、ほんの少し、意識が逸れた。
 ミムラスが優秀な支援系の傭兵と、囁かれる由縁のなかには、それがある。彼は他者が放った魔法、属性や類型を、かなりの精度で知ることができ、また、自分が放った魔法がその後どうなったのか。生まれ持った才能で、感じ取ることができたのだ。
 超感覚、この世界では精霊を知覚する能力のことを“霊感”というのだが、彼はまさにこのタイプらしかった。

*****

ワオ。驚きの中途半端落ち!
余計に寝れねぇかもですが、ひとまず未完の小説1、終わりっす。
ここまで読んでいただいて、どうもありがとうございました!

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