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短編小説 「ヨーグレイヒア」 3

 耳触りの良い調和音がする。ヨーグレイヒアが設定している着信音だ。世界に重ねて広がったオープンディスプレイの中で、彼からの返信が届いたことを知らせるアイコンが輝いた。広げてみれば彼女へ向けて丁寧な文字が並べてある。曰く、こんなところまで来てくれて本当に嬉しい、と。ただ今日は都合が悪くて、会うことは難しい、と。
 自分の良くない方への変化を旧友に見られることを、ひどく恐れている人間のお手本のような文章だった。その場で瞬いた彼女は遠慮をしてあげる気が無くなった。力強く立った足で、記されていた住所へと向かう。
 呼び鈴を押しても彼は居留守を使うつもりのようで、感情的になった彼女は容赦無くそれを連打した。程なくウーシャンの方が折れたらしい。あるいは無表情のまま呼び鈴を連打してくる彼女のことを、恐ろしい……と感じたのかもしれないが、物静かで謙虚だった姿からは程遠い様子を見せる、彼女の熱量を知ってしまって、たじろいだのもあるかもしれない。

「あの、今日は本当に都合が悪いんだけど……」
「服装ですか? 髭ですか?」
「…………」
「…………」
「…………ひ、髭です。服装も……あまり君に見せられたものじゃないかと思う」
「整うまでここに居ます」

 えっと……帰ってくれる訳には……と、言いかけたような気配がしたが、数多の女性を見てきた彼は、こうなると彼女たちには引いて貰えないということを思い出した顔をして、悟ったような雰囲気でふらりと洗面所へ向かう。物は多くないはずなのに雑然とした部屋を見渡すと、随分怠けてしまったことを、どこか理解するように。
 十五分もすれば身だしなみは整ったようだった。そこにはきっと外へ出るための、ヨーグレイヒアに向き合うための逡巡の時間も含まれた。彼女に対して見栄のようなものを持つ必要がないことくらい、彼にだってわかっていたし、だからこそ彼女にだけは住所の開示を許していたのだ。もしかしたらこのような日が来ることを彼は予見していたのだし、このような日が来ることを待ち侘びていた部分もあったと思う。
 同じくらいこのような日が来ないことも願っていたが、何かに願掛けをするように、落ちに落ちた自分の暮らしが、もしたった一つの光に行き先を照らして貰えるのだとしたら、その光を持ってきてくれるのはヨーグレイヒアただ一人であって欲しかった、という小さな気持ち。
 ビジネスはビジネスであって、それ以上は何もない。彼だっていつどこで自分が転落してしまうのか、覚悟を持って見ていたし、そうならない未来のために真摯に世界のことを追っていた。必要なだけ自分を律して生きていたつもりだが、これほど高度な社会においても心理学を極めたAIにおいても、犯罪を犯そうという気持ちを膨れさせる人間の、感情の振れ幅だけは予測がつかなかったのだ。
 何もかもが済んだ後、彼と犯罪心理学のAIだけが、その男たちと女たちの人生と行動と、一線を超えるに値する何かに出会った瞬間の、異常値を記録して、記憶した。最後までウーシャンには彼らの気持ちがわからなかったが、契約を同じにする共同経営者の立場として、契約書の不履行を管理AIには見せられなかった。
 それこそが、ある意味、ステイト・マスターを担う人間の仕事なのかもしれなかったが、どうして自分だけが私財を投げ打ち協和を示さなければならないのか、と。今までは見向きもしなかった陰謀論に、耳を傾けてしまいそうになったのだ。
 ウーシャンにはそんな自分が情けなく思えたし、同時に、このような境遇に置かれたものが、どのような心理を辿るのか。よくよく理解し、理解することでしか自分を慰められないという、精神的苦痛を伴う泥沼(ぬかるみ)に、長時間、強制的に浸らされている感覚だった。立ちあがろうと思っても、それだけの力が湧いてこないのだ。どれだけ精神科のAIの緩和プランをこなしてみても、成果が得られたような気がせず、アクセスするのにも疲れてしまった。これは過去形なのではなくて、進行形で、未来形でもあるかも知れなかったから、ヨーグレイヒアに出会っても何も変わらない未来を思うと、進むのが恐ろしいような気持ちになった。
 一枚の金属ドアの前で、彼らは短い時間を、随分長い時間のように過ごしていった。ウーシャンはその時間のうちに勇気を振り絞り、ヨーグレイヒアはそんな彼の何もかもを理解するように、彼が一歩を踏み出すところを静かに待っていた。
 不透明のドアが開き、彼の世界には外の光が、彼女の世界には懐かしい顔が、ゆっくりと差し込んでくる。視線が重なり、ふんわり笑った彼女を見ると、彼の心はわずかに浮上したようだった。
 ただ、ヨーグレイヒアに向かうにしても、遠出をする気はなかったようだ。外の世界を恐れるようにそろりと顔を出した彼を見て、その手元をむんずと掴むと彼女は思い切り引っ張った。初めて異性に触れた感想は、目的の前には何の意味もなさないようである。そんなヨーグレイヒアに対しウーシャンは、慌てて部屋をロックすると、引き摺り出されるままに外の世界の明るさを知る。
 細まる目尻の横には小さな皺ができていた。シワだらけの白シャツと、ベージュのタイトパンツ。ヨーグレイヒアは見慣れた感じの、地味色のワンピースを纏っていた。
 それでも彼、ウーシャンには久しぶりの異性の姿だ。自分の腕を掴んでいながら掴みきれない柔らかな指。ブロンドよりもツートーンは暗い茶金の髪が纏まるうなじ。細い背中につながる臀部。何より彼女の匂いが優しい。そんなことを考え始めて、気まずさに彼は遠くを見遣る。誰でもいいという訳ではないが、これは明らかな生活の「毒」。そっちに溺れたら終わりだと思い踏みとどまっただけ、彼女が「甘い」。祝福の日に店に行くのか……と、その後を想像すると気持ちが落ちた。
 こんなに逞しく育っていたなんて、最後まで想像を壊してくれる少女だった。なんてお嬢さんなんだろう。あぁ、もう女性という扱いか。謎の気持ちに打ちのめされたウーシャンの心など、一顧だにしないようなヨーグレイヒアだ。少し前に腰を下ろしたベンチまで戻ってくると、彼女は彼の方へと座るように促した。
 生活に草臥れたようなおじさんだけど、ヨーグレイヒアの目には彼の輝きが見えていた。やっぱりまだ貴方は終わっていないじゃないのか、と、彼女は自分の勘が当たって嬉しい気分になってきた。お元気そうで何よりです、と屈託のない顔で話しかけると、一瞬、言葉に詰まった顔で取り繕うように彼は言う。

「ん、まぁ、元気だけどね。そんなに上手くいってはいないかな」

 それが、ここ暫くずっと彼が思っていたことで、自分を評価したときに相応しいと思えた言葉であった。そう? みたいな顔をして覗き込んでくるヨーグレイヒアが、本当に眩しくて恥ずかしくなるくらいには。

「えっと、君の方はどう? 上手くいってる?」

 頷く彼女を見ると、そうだろうな、と彼には思えた。昔から……出会った時から素直な子供。誰もが欲しがるような資産に目もくれず、誰もが憧れるような立場で最後まで素朴を貫いた。
 一連の配信が終わった後に、彼はひっそり調べ上げたのだ。CEOの肩書きを使って、ヘッドハンティング用のAIに、彼女の経歴についてアクセス依頼を出してみた。いわば自分に自信がない控えめな彼女だったから、経歴もそこそこだろうと思って「覗いてみる」くらいの気持ちだった。それはただの小さな小さな好奇心の端くれで、でも知りたかったから、こっそり覗いてみた感じ。幸い管理AIには職権濫用とまでは思われなかったらしいけど、覗いてしまったことに対して罪悪感を覚えるくらいには、彼が軸とする道徳心を揺らされる「悪さ」があった。
 この目の前のお嬢さんは信じられないくらい才能豊かで、全ての子供たちを見守るマザーAIのマザーズ・ネットワークにおいても、高い評価を出されたような稀有な子供だったのだ。そんな馬鹿なと二度も三度も読み直したウーシャンは、今こそ目の前の女性のことを「優秀な人物である」と認識したようだった。世界はきっと貴女のような優秀な人材を欲している。そう彼女に伝えてあげたい気持ちに駆られるように、どれほど管理AIたちが客観的な評価をしても、受け取る自分達こそが、採用する自分達こそが、主観的な気持ちでしか人を見られないのなら、なんて無意味で愚かで救いようのない世界なのかと、今、一つの大きな殻を、透明な殻を破るようにして。

「ねぇ、あれからどんなことがあったのか、僕に教えてくれないかな?」

 ウーシャンは自分の境遇よりも、彼女が見てきた世界の方に興味をそそられた顔をした。
 これは良い傾向だと感じたヨーグレイヒアは、ただ一歩、外へと出てきただけで簡単に立ち直れそうな雰囲気を出してきた彼のことこそを、優秀な人であると感じたようだった。一人きりの世界では、ただひたすら内側に向かってしまう気持ちの先が、互いに自分にはないものに惹かれて、何気なく外に向いた時。それが始まりの合図であると、誰もが無意識に知るものだ。
 にっこり笑ったヨーグレイヒアは、私のステイトに遊びに来て欲しい、とウーシャンの手を優しく引いた。全ステイトを自由に行き来できる祝福の日だ。資産も肩書きも持たない彼は、この一日しか動けない。それすら忘れたようにして、もうお互いしか目に入らない二人は、ジィアンムーのポートから彼女が築き上げてきた、彼女だけのステイトへ移動した。
 マスターはヨーグレイヒアただ一人。マスターの許可を持ち、彼だけがその世界に足を踏み入れるのを許される。ウーシャンは、知人の自宅に招待された、くらいの気持ちで、過去、配信動画の中ではお目にかかったことがないような、晴れやかな笑顔を見せるヨーグレイヒアの魅力を思い、また彼女のことを世界中に見せたいな、と欲のようなものを抱(いだ)き始めた。だってこんなにも可愛らしいお嬢さんなのだ。友人を家に招待するだけで、ここまで笑顔になる純粋さ。落ちぶれた自分だけじゃなく、世界中の人々が、思い出したい素朴な感情だと思うのだ。
 ちょっと広くなった家を紹介してもらうだけという、そんなつもりであった彼は度肝を抜かれることになる。居住部分である元保護ステイトの間取りを懐かしみ、彼女に誘われるまま家の外へ踏み出した。そこには可愛らしい庭と、見渡す限りの山々と、遮るものが何もない澄み渡る空が広がっていて、果実を付ける庭木の下にお茶の用意がされてある。
 いかにも一人暮らしらしく、目の前のベンチに座るには、いささか距離感が近くなりすぎる気配がしていた。我に返ったウーシャンは道徳的な観点から、できれば椅子を貸してもらえるかな? と呟いた。

「ほ、ほら、肩がぶつかるといけないし」

 すらすらと言えただけ経験値を匂わせるウーシャンだ。確かに二人で座るには狭すぎると思った彼女は、ウーシャンに似合いそうな椅子とハンモックを用意した。こういう華やかな男性は、ハンモックなどが好きに違いない。検討外れなようでいて、なかなか見る目があったヨーグレイヒアは、庭に現れたハンモックへとウーシャンが視線を移したことを、お茶を用意することに夢中になってしまったことで、直接見ることはなかったけれど。
 ヨーグレイヒアが作ったというケーキを食べて、ヨーグレイヒアが淹れたお茶を口にしたウーシャンは、思いのほか彼女のステイトの自然を満喫してしまう。何せ彼女が彼と別れて三年が経っていて、それ以前に彼女のステイトの話を具体的にしてみたことがなく、あれからどんなことがあったのか、は、全てこのステイトの環境に集約されている訳だから、家の周りを散策するだけで大仕事だったのだ。
 これほどまでの完成度に落ち着けた彼女といえば、整ってきたからもう今はすることはないのよと返しつつ、細かなディテイルを今も調整中らしい。同じクリエーターの端くれとして、いや、クリエーター業に関わってきたつもりのある彼だったから、完成されたと思えるものを更に突き詰めるかのような彼女の素朴な熱意の先が、恐ろしいもの、としか映らなかったようである。早々に思考を放棄したウーシャンは、単純に自分の能力が彼女に及ばなかっただけということにして、ただ美しいだけの世界の色を満喫する方に切り替えた。
 どの景色もヨーグレイヒアに言われなければ、横を漫然と過ぎ去るだけのものだったのに、彼女の一言があるだけで途端に息を吹き返したように瑞々しく感じる不思議。意識が事象を作る、というのはなるほどそれらしく、彼は社会学の方へとこの気持ちをシフトさせ、無意識の類推と共に、新しい事業について漠然と考えを移行していた。
 ヨーグレイヒアは彼の空気が変わっていくことを知り、何を口にするでもなく彼の歩みに足を合わせた。
 昼を迎えて、夕暮れを迎え、彼女が好きな「早い夜空の色」が表現され始めた時間になると、やっと長い思考から彼は戻ったようだった。用意された夕食を啄み、いつもの味と違う、と思うと、弾かれたようにして正面に座る彼女を見遣る。

「お口に合いませんでした?」
「い、いや、そういうことではなくて……」

 しどろもどろになったウーシャンも見たことがなくて愛嬌があった。配給される食料には既に興味を失っていて、惰性で腹に収めていた三年間だ。味は分かるようでいて終わった後には何も覚えていない、美味しいとも思わない生命維持装置。それが今夜は違うと気付き、やっと意識が戻ってきたのだ。
 可愛らしい皿の上には鶏肉の照り焼きが乗っていて、彼女の親の文化圏ならトマトソースか、はたまたレモンソースか、チーズソースになると思っていたから。彼の見た目がそちらだったから、わざわざ彼女はウーシャンのために、味が近くなる醤油の方に合わせてくれた……と想像できた。

「すごく、美味しくて、それであの……ここに来ていたことを思い出したんだ。いつも家で食べていたものとは比べ物にならないから……」

 ウーシャンは彼女の前では気取らず素直になれるようだ。でも、料理への感動はちゃんと伝える。ヨーグレイヒアは嬉しそうに微笑んでいた。

「で……それで……すごく聞きにくいんだけど、僕、どれくらいの間、変だった?」
「全然変じゃなかったですよ」
「いや、そんな訳ないよね? もしかして君の質問とか、ずっと無視してたりしなかった?」

 いいえ、と返した彼女に怒りの色は見つからない。
 腑に落ちないような、釈然としない気持ちのままで、ウーシャンは食事に集中することにした。これは君が作ったの? とか、お昼に頂いたもののことも忘れてしまってる、とか。

「お昼は私も楽をして、配給を出してしまいましたから」

 それで合点がいった彼は、あぁなるほど、と頷いた。

「お酒も用意したんですよ。私はあまり飲めませんが、紹興酒を選んでみました。ウーシャンのお口に合うかはわかりませんが」
「え? いやいや、お酒は流石に……あ、というかもうこんな時間?」

 時計の針はもう十九時だ。テーブルの上の料理を見ると、食べ終わるのは二十時だろうか。彼の道徳心として、女性と健全な夕食をとるギリギリの時間であった。急に顔色が悪くなるウーシャンを見て、ヨーグレイヒアは一日中、彼に伝えたかった言葉を口にした。

「こんな時間などとは言わずに、ずっとここに居てくれていいんですよ?」
「え?」
「引っ越してきませんか? 私のステイトに」

 ウーシャンなら大歓迎ですよ。
 胸を弾ませるような申し出も、彼女の純朴さを思ったら、絶対違う、そういう意味じゃない、と断言できる彼である。そりゃあ一年も時間があれば関係を持つのは簡単だろうが。そんな想像を少しして、絶対だめ、と思った彼だ。ヨーグレイヒアの輝く瞳に射抜かれてしまったら、胸の辺りがむずむずとして恥ずかしさに顔まで熱くなる。絶対だめ。そんなのはだめだ。

「か、帰るっ」
「え?」
「もう帰る!」

 彼女がどんな顔をしたのかを見ることもなく、立ち上がったウーシャンはポートへ駆けた。直接的な誘いをかけられることは多々あった。自分から誘ったこともそれなりにあった。誘われてもいないのに、誘ってもいないのに、純朴な少女から「一年くらい泊まっていけ」と言われたことに対する自らの妄想が、危ないし恥ずかしいしこんなのは自分じゃないと思うから、落ち着いて息を整えるための安全なフィールドへ直ぐさま避難する必要があった。もう彼女は少女じゃないと思ってみても、それはそれで彼からしたら不安材料でしかない訳で、そもそもグレーズィングというのは成人式だと認識しても、そこまで遡ってまで何かをどうにかしたい自分が、不適合者のような気がして更に恥ずかしくなっていた。
 AIの教育どおりにそれなりの成績を修め、グレーズィングの直後から莫大な資産を親から譲り受け、得意な分野から徐々に頭角を表して順風満帆な人生を歩んだ彼は、それでもそのほぼ全ての歩みをAIたちと居たことに、今頃はっきり気付かされ「人の扱い」に困惑し始めた。債務をどうにかしていた時すらAIに付きっきりであり、人の扱いはすなわち自分、自分の気持ちも含まれる。自分だけじゃなく彼女のことも今頃はっきり形が浮かび、そこにいたのは人であることをやっと理解したように。
 幸運なことにウーシャンは、生きているうちにこれに気づけた。
 精神科のAIが把握できない心の移ろい。薬剤では治せない人様の心の靄と、葛藤、困惑、そう、今こそ、この困惑こそが彼の薬になっていて、困惑の先の羞恥心がスパイスのように降り掛かり、悪いものを全て体外へ出す大きなくしゃみを誘発していた。
 そうして自分が歩んだ道が、契約どおりに処理したものが、人の心を通過した時それ以上のものになることを、慌ててポートから帰宅したウーシャンは、自室で己のマザーAIから教えてもらうことになるのだ。
 結局のところ全てのAIが、彼や彼女、人類に、伝え教え導くことを受け取り理解し糧にするのは、一個人である人間様の仕事であって、それ以上でもそれ以下でもないのは、ウーシャンや人間様の感じるところ。でもこの日は彼の人生においても限りなく異常な事が起きていて、自分の人生を好転させる小さな星を願った彼の、目の前に降りてきたのは小さな星どころの話ではなくて、巨大な太陽だったというインパクトのある話。
 せめて彼の小さな心が彼女の無意識の熱量に、急激に気化されたまま消失してしまいませんように。
 汗だくで帰宅したウーシャンの手元には、ヨーグレイヒアのステイトで思わず食べ残してきてしまったチキンと、彼女から寄付の名目で寄せられたトークンの、取引履歴が永遠に残ることになる。
 彼はしばらく停止して、チキンを温め直して食べた。
 それから何度も何度も、彼女からのメールの文を読む。


 親愛なるウーシャンへ。

 勿体無いので残っていたチキンを送ります。どうぞ温め直して食べてください。
 それから少しばかりですが、感謝の気持ちも送ります。
 あなたからいただいたものには遠く及ばない額ですが、できればあなたの人生に役立てていただきたいです。
 私にはこのトークンを生かす才能がありません。
 あなたには私にはない才能がたくさんあって、そのうちの一つがこれを増やすという才能だと思います。
 それならあなたが持つべきで、もし一抹の心があるのなら、増えたものをまたステイトの人に還元してあげてほしいと思います。
 これらはただのトークンですが、それを得られた喜びは、どの人にとっても最高の気持ちをもたらすものです。
 あなたはもう一度その伝道師の一人になって、できるだけ多くの人を喜ばせてあげるのです。
 私の世界は整いました。全てあなたのおかげです。
 もしまた私を友人の一人と思えた時は、連絡をもらえれば喜びます。
 いつかあなたと早い夜空の下に立ち、虫の声について語り合えればと思っています。私の耳にはやはり遠くて、どこから鳴るのか見つけられないの。おばあちゃんになる前に、ちゃんと声がするのか確かめたいです。
 気長に待っています。

 あなたの友人、ヨーグレイヒア。

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