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君と異界の空に落つ 第2章

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浄提寺を降りて祓えの神・瑞波と共に、旅に出た耀の成長の記録。 ※BL風異界落ち神系オカルト小説です。 ※何言ってんだか分からないと思いますが、私の作品はいつもこんなです。 ※古…
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2024年2月の記事一覧

君と異界の空に落つ2 第10話

 大切な事を語らうように、昔話をするように。瑞波からの説明で、耀は彼のこの国での立ち位置を把握する。  社を持たぬ祓えの神。  とはいえ、神々の世において、瑞波はそれなりに有名な神らしい。  力もそれなり、大神には負けるだろうが、準じるくらいの力はある。弱い神ならねじ伏せられるし、虫も一拍で消し去れる。動物も同じ。圧を掛ければ遠ざけられる。  女神にモテるというよりは、男神にモテる方。  それが嫌で瑞波は神を、避けるように生きている。  友神は凪彦のみ。顔見知りは居るそうだけ

君と異界の空に落つ2 第11話

 暖かい山のおかげで、ぐっすり眠れた耀だった。  瑞波へと祝詞を唱え、腹の穢れを祓って貰う。それから二人は昨晩知った温泉を目指して歩き、耀は道中、食べられそうな山菜を採っていく。  源泉ならば熱かろう。その場合は何処かの川から道を引かなければならないが、食べ物も豊富であるので頑張れる、と考えた。住みやすそうなら温泉の近くに住居を構えても良いと思う。取り敢えず屋根さえあれば。壁は少しずつ整えよう。そうか。この山になら家を建てても良いかも知れない、と。斜面を登りながら明るくなった

君と異界の空に落つ2 第12話

 瑞波は『付いて行くんですか?』と心配そうな顔をしたが、耀は『あぁ言ってくれているし、行くだけ行ってみようと思う』と。まだ不安そうにする彼を宥めて、集落の坊主を追って行く。  示された獣道を降りながら、ふと向いた視線の先。連なる小さな山の上に何かが立っているのが見えた。耀の視線に気付いた瑞波が『あれは人が作った社のようなものですよ』と。社と聞けば、立派な社殿を思い浮かべる耀だけど、彼の説明を聞く限り、そればかりではないらしい。 『人が山に神性を見出すとき、それは大樹だったり

君と異界の空に落つ2 第13話

 一番鶏(いちばんどり)が鳴く。まだ外も暗いうち。昨日、善持(ぜんじ)に見せて貰った畑の鶏舎の鶏だ。  耀にとって鶏と言えば白い印象なのだけど、此処で飼われているものは真っ黒なものである。膨れ上がった体毛も跳ねた尾羽も真っ黒で、鴉(からす)の羽より艶々として、雄は渋色の鶏冠(とさか)を被る。この辺りで昔から飼われている種の鶏らしく、一羽一羽が物々しくて、特に雄は威厳が凄い。卵も取れるし鶏糞を畑に使うから、と。その畑にも冬だというのに作物が成っていて、寺の庭は賑やかで豊かに見え

君と異界の空に落つ2 第14話

 耀はあっという間に寺での生活に慣れていき、道具の場所、掃除のやり方、教えればすぐに身につけた。鶏の世話も畑の世話も楽しいようで、境内と本堂の掃除が終わると大抵そちらで遊んでいる。  掃除が好きではない善持はこれ幸いで、次第に綺麗になっていく家も好ましく眺めやる。洗い物も食事が終わると耀がさっさと持ち運び、井戸の前で水に浸けたと思えば、いつの間にか洗われている。洗濯も嫌いではないらしく、汚れた着物を置いておけば、洗って良いかと聞かれた後に、庭に干されて乾いて見える。  おいお

君と異界の空に落つ2 第15話

 翌朝も一番鶏(いちばんどり)の声で目覚めた耀である。あいつら今日も元気だな……と苦笑しながら伸びをする。まだ朝は脚半が無いと寒いので、それを巻いたまま師匠の袖を持ち、弁当と籠を持って外へ出た。  先に下の用事を済ませ、小川で手を洗い、裏山の入り口で瑞波に祝詞を読んでから。代わりに瑞波は穢れを祓い、互いに準備を整えて、二人は仲良く山へ入った。  春が近付いてきたために、日の出は段々早くなる。山の神が祀られた山へ分かれ道から踏み入る頃に、赤く染まった東の空を眺めた耀である。景色

君と異界の空に落つ2 第16話

 そうなると人の流れも増えて、耀は初めて寺に来た集落の人間の姿を捉えた。その時は墓地の奥に居て、梅と柑橘の木の枝を剪定しようかと、枝ぶりを確認している時だった。  兎に角この時代は道具が少なく、善持の畑の小屋の中にも、相応しいものが見当たらない。仕方なく自分が持たせて貰った鋏を使い、ばれたら善持にも貸し出そう、と腹を括った耀だった。その鋏は師匠が持たせた裁縫道具の中にあり、大きさから裁ち鋏の方の用途だろうと思ったが、他に鋸も無いし小刀じゃ危ないし、手入れだけすれば良いか、と思

君と異界の空に落つ2 第17話

 春の陽気に緑が揺れる浅い清流を遡る。近くで鶯が鳴くのだろう、細く頼りない音のそれは、まだ上手くない声で、音程も外し気味。けれど世界を彩るには十分な音色であって、耀の心を豊かに飾る。きっと善持も同じだったのだろう、春だなぁ、と嬉しそうに木々を見るので、耀の目より余程春の景色を感じていたのかも知れない。  若葉と枝の間から真っ直ぐ降りる光の筋へ、手を翳したり、目を細めたりして沢の横道を登っていく。あちらの世界に比べたら、どこも綺麗な空気だが、沢の上を流れゆく澄んだ風を吸い込むと

君と異界の空に落つ2 第18話

「お前ぇ、見ない顔だなぁ。この辺の子供か?」  それは耀が次の獲物を狙い、善持に背を向けていた時だ。聞こえてきた声の訝しさから、気を引かれてそちらを向いた。  善持は火おこしの最中らしく、積んだ杉の葉の前に居る。視線の先には小さな男児。小さな、と言っても耀くらい。地方に居るには小綺麗な格好で、藍染の着物を着て見えた。  それで善持は相手の事を、どこかの武家の子と見たらしい。山での火おこしは狼煙(のろし)と思われる事もある。止ん事無い事情があるのかも、と勝手に思った顔をした。