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同じ酒でも、味わいが変わる。二人のお燗番によるペアリングを楽しむ贅沢な夕べ [お燗Night開催レポート]

2022年12月6日と7日、日本酒の試飲イベント「若手の夜明け」のスピンオフ企画として、「お燗 Night」が開催されました。燗酒と料理のペアリングを楽しむ目的で、二人のお燗番が、9品のコース料理に対し1種類ずつ燗酒を合わせていくという趣向です。二日間とも、『若手の夜明け』参加蔵と酒販店関係者向けの配信が行われました。当日の様子をライターの崎谷実穂がレポートします。

「若手の夜明け」が企画した、二人のお燗番の夢の共演

湯川怜奈さん (左) / 髙崎丈さん (中央) / 多田正樹さん (右)

ゲストのお燗番は多田正樹さん。ホテルの日本酒バーや有名懐石料理店で酒番を務めた経験を持ち、日本酒アドバイザーとして数々の飲食店のプロデュースを手掛けています。多田さんのお燗のファンは多いものの、現在は定期的に特定の店に立つことはないため「多田さんのお燗が味わえる貴重な機会」として本イベントに申し込んだ参加者も多かったようです。

ホストのお燗番は、会場となった「髙崎のおかん」を営む髙崎丈さん。本日は料理人も担当します。福島県生まれの髙崎さんは、地元で居酒屋「JOE’S MAN」を開業し人気を博すも、東日本大震災の影響により閉店。2014年に東京・三軒茶屋に「JOE’S MAN2号」をオープンし、2021年には池尻大橋にお燗をメインとした「髙崎のおかん」を開きました。お燗Nightの日はちょうど「髙崎のおかん」の1周年。お祝いムードの中、イベントがスタートしました。

注目を集める気鋭の9蔵がお酒を出品

蔵元たちからお燗番のお二人へお酒が届けられました

 今回は、「若手の夜明け」に参加した酒蔵のうち9つの蔵が1本のお酒を選出。その9種類のお酒を、多田さんと髙崎さんがそれぞれペアリングしていきます。ラインナップはこちら。

熟成酒や昨年話題になったクラフトサケ、低アルコールなどバラエティに富んだ品揃えで、髙崎さんはお酒が届いたときに、「冷やして飲むべきお酒が大半なのでは?」と戸惑ったそう。しかし、その印象は温めてみることで変わっていったといいます。普段はお燗にしないようなお酒たちが、熱を加えることでどのような表情を見せるのか、期待がふくらみます。

いよいよペアリングが始まります

1皿目 虎河豚〜蕪みぞれ椀

虎河豚のあらでとった出汁に、蕪蒸しと虎河豚の刺し身をのせたお椀

多田さんの選んだお酒は「泰平 純米吟醸」。常温で飲んだときは「柑橘系の香りと甘苦いフレーバーを感じた」とのこと。45℃くらいに温められた泰平は、旨味や香りが強く出ており、お椀のゆずと柑橘を思わせる香りがよく合います。

「冷たい状態でも十分おいしいお酒です。お燗をつけてみると、40℃近辺から苦味がやわらかくなっていきました。このお酒は全体に優しく熱を加えたいので、愛用のフラスコボトル(『いいちこフラスコボトル』の空き瓶!)を回転させながら温めていきます」

多田さん
「いいちこ」のフラスコでお燗をつける多田さん

髙崎さんの選んだお酒は「倉本 純米酒」。お酒自身のちょっとした苦味と白身の刺身との相性がいいと考えて選んだそう。ビーカーで58℃ほどに温めてから42℃あたりまで温度を下げた倉本は、酸味がしっかり感じられつつ味のバランスがとれています。

2皿目 モクズガニの純米酒漬け

北海道の別海町から生きたまま届いたモクズガニを、
純米酒や醤油でつくったタレに漬け込んだ一品。赤酢を使った酢飯が添えてあります。

多田さんが選んだのは、「敷嶋 特別純米 夢吟香」。愛知県知多半島の酒米「夢吟香」を使った純米酒です。多田さんは、この敷嶋は9種類の中でも特に個性的だと感じたそう。

「豆のような、パンを発酵させているときのような、木のような複雑な香りがあるお酒です。温度は煮切るイメージでしっかり上げていきます」

多田さん

香りをかぐと、本当に豆のよう。強めの酸味があり、酢飯との相性がよく感じられます。

髙崎さんが選んだのは、「シン・ツチダ」。蔵にいる酵母を活用し、群馬産の食用米を10%だけ削って醸したお酒です。

「旨味と酸のバランスがすごくきれいで、旨味の強いモクズガニ
と合わせたら良さそうだと思いました。58℃まで、錫のちろりでぐっと熱くします」

髙崎さん

温めたシン・ツチダはジューシーで、貴醸酒のような濃厚さも感じます。モクズガニとの組み合わせは、旨味の相乗効果でとてもおいしい!

3皿目 平目のお造り

熟成させた平目のお作りを煎り酒でいただきます

銚子から届いた4キロを超える大きな平目をお造りにして、煎り酒(日本酒に梅干しなどを加えて煮詰めた調味料)を添えた一品。熟成させた平目は身がふわふわで旨味も増しています。

このお造りに多田さんが合わせたのは「倉本 純米酒」。髙崎さんも2皿目で「白身の刺し身に合う」と選んだお酒です。同じお酒を別の人が燗につけることで、違う味わいが生まれるのがこの企画のおもしろさ。燗酒の奥深さが感じられます。

多田さんは倉本を試飲した印象として「甘酸っぱくて、味の芯がしっかりしている」と感じたそう。爽やかな酸味が、平目そのものの旨味とぴったり合っていました。

「お酒の持っている透明感を壊さないように、丁寧に53℃まで上げていきます。そうすると、甘みがふくらんで、しっかりとした味が前に出てきます」

多田さん

髙崎さんが選んだのは、「REGULUS 生 2022」。アルコール度数12%と日本酒としては低めにおさえてあります。通常、低アルコールのお酒は冷やして飲むことが多いため、髙崎さんは「なぜ阿部酒造さんはこの企画でREGULUSを選んだのだろう」と疑問を口にしました。

「REGULUS」をつける髙崎さん (左)と、「倉本」をつける多田さん (右)

その疑問に阿部酒造の蔵元の阿部裕太さんが、インターネット配信を通じて回答をくれました。阿部さんいわく、「REGULUSは白麹を使ったお酒であり、白麹には映える温度帯が2つある。一つが5℃から12℃。もう一つが40℃台。燗にすることで新しい一面を見せるため、今回のお酒に選びました」とのこと。

「50℃以上まで上げると、酸がばきっと出てきました。これを白ワインのきれいな酸に見立て、白身と合わせます。煎り酒の旨味との相乗効果も狙っています」

髙崎さん

髙崎さんは、あえて65℃まで上げたあと、55℃あたりまで落ち着かせて出すことに。温めたREGULUSは甘みを強く感じますが、ベタッとせず爽やか。たしかに、煎り酒、そしてわさびとの相性の良さを感じました。

4皿目 タラバ焼き

モクズガニと同じく別海町からやってきた巨大タラバガニの脚を網で焼いた一品。
中はレアに仕上げてあります。

「今度は私がREGULUSを出します」と多田さん。常温で試飲した印象は、「黄色く色づき始めたみかんや梨などのフルーツの香り」を感じたそう。
55℃で飲んだときとは、また違う表情を見せる45℃まで優しく温められたREGULUS。「お酒の酸味を柑橘代わりにしてみてください」という多田さんの言葉に従ってカニに合わせてみると、本当に柑橘のような味わいが感じられました。

髙崎さんが選んだのは、「泰平 純米吟醸」。40℃台の多田さんのお燗とは対極に、70℃台までしっかり上げて熱々で提供するとのこと。この泰平とカニの甘みがぴったり合って、すばらしいペアリングでした。

5皿目 鰆藁焼き

藁焼きで鰆の表面を焼き、スモーキーな香りをつけた一品。
焼いている最中から、香りだけでお酒が進みそうな薫香が漂ってきます。

多田さんが選んだのは「龍勢 無垢の系譜 雄町」。酵母無添加の生酛仕込みで、蔵内で3年熟成された燗専用のお酒です。

「抜栓した当時は、鍛えられた筋肉のように味がぎゅーっと締まっていて、1週間ほど常温に置いておくとそれが柔らかくほぐれてくるんです」

多田さん

55℃まで上げた龍勢を口にすると、上質な本みりんのようなコクと熟成感を感じます。鰆に合わせるとお酒の持つスモーキーな香りが際立ちました。

髙崎さんはここで、どぶろくの製法である”花酛(はなもと)”とビールの製法であるドライホップを掛けあわせて造られた「はなうたホップス」をチョイス。これには、多田さんも「鰆の藁焼きに合わせてくるとはびっくり。さすが丈さん」と感嘆の声を上げていました。

「この鰆は身が厚く、藁焼きをしても中は冷たいまま仕上げることができるんです。この温度差のコントラストや食感とはなうたホップスが合うんじゃないかと。味わいだけで合わせるのではなく、もっと立体的なペアリングを目指しました」

髙崎さん

58℃に温めたはなうたホップスは、フルーティーな甘みを感じ、フライなどの揚げ物にも合いそうな爽やかさがありました。

6皿目 芹鴨だんご

旬の香り高い芹と茨城県の西崎ファームの鴨を団子にしてお椀仕立てに。
参加者からは「おいしすぎて何個でも食べられそう」という声が上がっていた一品です。

多田さんは芹の独特な香りにホップの香りを合わせてみたいと「はなうたホップス」を選びました。

「最初はゆっくりやさしくフラスコで温度を上げようとしたのですが、これは錫で熱をしっかり通して変化を楽しんだほうがおもしろいと考え直しました。同じ温度でも、温める容器によって味わいが変わってくるんです」

多田さん

髙崎さんのお燗よりもさらに温度を上げ、62℃で飲むはなうたホップスは今まで体験したことのない不思議な飲み心地。狙い通り、芹との相性が抜群です。
髙崎さんは、「龍勢 無垢の系譜 雄町」を78℃まで上げていきます。

「コースも後半なので、しっかり温度を上げて後味をすっきりさせたほうが飲みやすいと思ったんです。あと、高めのほうがお出汁に合うんですよ」

髙崎さん

口にした瞬間「熱い!」と感じる温度ですが、しっかりとした旨味とコクがあり、味の強い鴨との組み合わせがぴったり。おいしさをさらに引き出しています。

7皿目 タラバ飯蒸し

揚げたタラバガニの下にもち米を蒸し上げた「飯蒸し」を敷いた一品。
飯蒸しにはアミノ酸が豊富な仁井田本家の料理酒「旬味」が使われています。

がつんと食べごたえのある一品に多田さんが合わせたのは「シン・ツチダ」。

「酸味が全面に出ているのがおもしろいお酒です。揚げ物の油分と飯蒸しの旨味に、この酸味を合わせてみたい、と思いました」

多田さん

備前焼の片口を使ってじわじわと70℃まで上げていきます。70℃は従来のお燗のセオリーからするとかなりの高温。多田さんは「丈さんもわりと高めの温度でつけていますが、今は70℃、80℃近くまで上げることはよくあるんですよ」と解説します。

「熱燗の基準温度が50℃という時代は過去のもの。日本酒が変化してきているのだから、お燗のつけ方もアップデートすべきだと思います」

多田さん

強い酸味とボリュームのある甘みが広がり、2皿目のモクズガニとはまた違うペアリングの妙を感じました。

髙崎さんは「飛鸞 三年熟成秘蔵酒」を選びました。こちらは、3種類の純米酒をブレンドし、三年間熟成させた未発売のお酒です。少しウッディな香りもする70℃の熟成酒が、旨味の強い飯蒸しによく合います。

8皿目 ラム椎茸

福島県南相馬の相馬牧場から仕入れたサフォーク種のラム肉と椎茸をローストし、
すき焼きのような甘辛い味付けにした一品。

8皿目にして、二人のチョイスが重なり「辨天娘 純米 玉栄」が登場。多田さんは、試飲して「これは絶対温めなければいけないお酒だ」と感じたそう。

「40℃を超えてくると、香りの要素が増え、急に生姜やクミンといったスパイス感が出てくるんです。それがラム肉に合うのではないかと考えました」

多田さん

多田さんは60℃強まで上げて、55℃まで下がるのを待ってから小さめの盃に注ぎます。一方の髙崎さんは78℃まで上げて、70℃くらいまで落ち着かせて提供。大吟醸用の大きめの平盃を使うのは「辨天娘のきれいなまとまった感じと色っぽい感じが出るから」だそう。

同じお酒でも燗のつけ方や温度によってこんなにも違いが出るのか、という驚きの体験でした。

9皿目 ぜんざい

仁井田本家の甘酒を使ったぜんざいと、桜えびのアイスクリームの組み合わせ。
お酒に合うようにつくられた、おつまみのようなデザートです。

多田さんは最後に「飛鸞 三年熟成秘蔵酒」を持ってきました。

「常温で飲んだ時に、バラや杏仁を思わせる、ものすごく色気のある香りがしたんです」

多田さん

この「色っぽさ」を変化させないよう、50℃くらいにしていきます。香りを重層的に足すというペアリングのため、おしるこ、アイスクリーム、お酒を同時に口に含んでみてほしいという多田さん。単品で味わうのとは違う、新しい味が口の中で生まれるのを感じました。

髙崎さんが選んだのは、「敷嶋 特別純米 夢吟香」。敷嶋の豆を連想させる香りとぜんざいの豆を合わせることによって、豆の香りの奥にあるきれいな味わいを全面的に出す狙いがあると言います。70℃の熱い燗酒とひんやりしたぜんざい、冷たいアイスクリームの温度の違いも楽しいペアリングでした。

これまでにない新しい取り組み

最後に、多田さんから「9種類のお酒からペアリングを考え、丈さんと交互に燗酒を出す。こういった機会はあまりないのでやってみてすごくおもしろかった」という感想があり、髙崎さんはそれを受けて「お燗をつけることにおいて、多田さんは目標としている人の一人」と語りました。

「多田さんと並んでお燗をつけることで、お酒を温める行為のなかで対話したような感覚がありました。僕自身それがすごく楽しくて、お客様にも喜んでいただけたことが何より嬉しい。これからもさまざまな方法で、燗酒の良さを広めていきたいと思います」

髙崎さん

9皿×2種類のお酒のペアリングを体験して

同じ料理に対し、決められたお酒の中から二人のお燗番がお燗をつけ、ペアリングをする。このイベント特有のルールによって、お燗のつけ方による味の変化やペアリングのアプローチの違いがより際立ち、とてもおもしろい体験ができました。印象的だったのが「ラベルに冷酒向けと書いてあっても、燗にしておいしく飲めるお酒はたくさんある」というお二人のお話です。低アルコールや「クラフトサケ」と呼ばれるような冷酒で飲むのが当たり前と思われているお酒が、温めると新しい味わいを見せ、料理との相乗効果でさらにおいしく感じるなんて。日本酒の楽しみ方はもっと自由でいいのだ、と知ることができた一夜でした。

取材・文章:崎谷実穂
ライター。教育、ビジネス関連の記事や書籍のライティングを中心に活動。著書に『ネットの高校、日本一になる。』、共著に『混ぜる教育』。構成協力に『いつか来る死』(糸井重里・小堀鷗一郎)など。食に興味があり、ホームパーティ料理を習う連載を担当したことも。お燗酒が好き。



主催者より一言

「お燗Night」は「若手の夜明け」参加蔵のブランド価値を上げる取り組みの一環として開催しました。髙崎さんのお店をお借りし、多田さんとのコラボが実現したことで、参加してくださったお客様を始め、この記事を読んでくださった皆様にとって、出品した9蔵への興味関心、またお燗の魅力に気づく・再認識する機会となれば幸いです。

少し緊張感のある面持ちで始まった二日間の宴も、終わる頃には笑顔溢れる空間となりました。ご来場くださった皆様、誠にありがとうございました。今後もこうした飲食店とのコラボレーションを通じたブランド価値の向上への取り組みも続けて参ります。コラボを希望される飲食店の方がいらっしゃいましたら、ぜひお問い合わせください。

株式会社Clandでは、「若手の夜明け」の企画・運営をはじめ、日本酒市場を構造的に盛り上げていく様々な企画を推進しています。今後ともご支援の程を何卒よろしくお願いいたします。

株式会社Cland 
代表取締役 カワナアキ


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