浅酌低唱:モノゴトをポートフォリオで考える
物事をポートフォリオ、つまり全体観をもって立体的に捉えることで選択と集中ができるという話は枚挙にいとまがない。日本酒も同様で、小さな単位では酒蔵の商品構成(価格帯と販売本数まで)、大きな単位ではイベント構成(蔵開きから全国規模イベントまで)などもポートフォリオとして考えると役割や存在意義がグッと明確になる。
数年前、コンサルティングの仕事のときに、とある世界的なブランドの出店計画を担う役員の方とお話をする機会があった。日本国内だけでも1,500店舗を超える店舗展開をしている同社では、「都心の一等地店舗」「ロードサイド店舗」「建築物のユニーク性に特化した店舗」など店舗ごとに違った役割を与えていた。「都心の一等地」ではマーケティング目的として採算よりも露出、客足を優先。「ロードサイド店舗」は高い利益率と回転率で稼ぎ頭に。そして「ユニークな建築」では世界観やコンセプトなどブランディングのために、といった具合である。
個別に見れば、採算が取れる店舗とそうでない店舗にはばらつきがある。ただ全体として見れば、そのブランドは常に黒字経営でブランド力もあり、日常の露出も多いため認知度も高い。認知度、利益率、ブランド力の三拍子によって不動のポジションを獲得している。
日本酒業界のイベントはどうだろうか。x軸に関係人口(イベントの露出・認知によって実際に訪れる人の多さ)を、y軸にブランド価値の向上(イベントによって蔵・酒のブランド価値がどの程度向上するか)を置き、一年を通して開催される様々な日本酒イベントを四象限で整理してみよう。例えば、現在東京・六本木で開催されているCraft Sake Week(CSW)は、関係人口を増やし、ブランド価値を向上させているように思う。一方で、地元の蔵開きは関係人口こそ少ないが、ブランド価値の維持には役立っているだろう。
先日僕が訪れたCSWは、その意味で素晴らしいステージが用意されたイベントだと感じた。僕は関係者でもなければ主催の中田英寿さんとは交流もないので客観的な立場であることは予め断っておきたいが、CSWがなぜ素晴らしいのかを3つにまとめてみた。
1つ目は、あの場所、あの設えでのイベント運営という点だ。東京の中心地である六本木ヒルズのアリーナ、世界的な建築家である田根剛さんによる設計、全国から100蔵が集結、また都内有数のレストランによるフード出展といった眼を見張るものだけでなく、イベント会場の什器の設計、足元のレッドカーペット、音響設備、VIPルームの設置、冷蔵保存用のコンテナ、そして運営のための人員の多さ。「お酒を正しい品質で出す」というこだわりが隅々まで詰まっている。バックヤードも含めて、あの規模でこれほど手の込んだイベントが他にあるだろうか。
2つ目は、価格帯である。CSWは他のイベントに比べてやや高めの設定だという印象を持つ。フード1品とお酒2杯を楽しもうと思うと前売りチケットに追加コインが必須で、最低でも5,000円以上。とにかくたくさんお酒を飲みたいファンにとっては高額な出費になる。これは言い換えると、お酒一杯の価値を上げるということでもある。何杯でも気軽に飲めることは酒文化にとって必要な価値観だが、価値あるお酒に価格を付与して味わうということもまた、酒文化にとっては必要な心構えだ。
3つ目は、蔵元たちの満足度である。世界の舞台を知る中田英寿さんのセレクションに適い、東京の中心地である六本木の地で自身のお酒を振る舞うことの意味に加え、主催のJapan Craft Sake Company(中田英寿さんの会社)と運営を委託されているPR会社のサニーサイドアップによるプロのイベント運営は、僕が会話をした蔵元たちの反応を見ても、学ぶところが多くとても刺激になったようだ。
こうしたイベントは他に類を見ない、中田英寿さんだからこそできるイベントだと思う。冒頭の四象限に戻れば、イベント集客だけでなくマスメディア露出による関係人口の多さと、場所と価格帯によるブランド価値の向上、そしてそれを実現できる中田英寿さんご自身のブランド力も相まって、特異なポジショニングのイベントを担っていると思う。そうした意味合いにおいて、日本酒イベントポートフォリオ理論的には存在意義の非常に強いイベントであると思うし、今週末はその魅力を改めて体感しに伺おうと思っている。
最新コラムが読めるのは「Flux MAGAZINE」だけ!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?