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日本酒イベント『若手の夜明け』について

酒蔵の当主「蔵元」、そのなかでも若手の蔵元が集まり、新しい酒造りへの思いを発信してきたイベント「若手の夜明け」。2007年から続いているこのイベントの主催が、第32回から株式会社Clandに引き継がれました。
2022年9月21日から24日にかけて大手町仲通りの会場で行われた第32回「若手の夜明け」には、24の都道府県から41の酒蔵が参加。さらに、今回初めて酒販店も参加しました。これまでは試飲会のみだったところ、酒の販売も開始。規模も内容も拡大し、大盛況のうちに幕を閉じました。
この記事では、「若手の夜明け」のこれからの方針や取り組んでいきたいことについて書いていきます。

「若手の夜明け」のはじまり

もともと「若手の夜明け」は、東京の中野区にある酒販店「味ノマチダヤ」が、当時お店や酒の会の手伝いで出入りをしていた20代の蔵の息子たち(『白隠正宗』『澤の花』『一白水成』の蔵元たち)に発破をかけたことがきっかけとなっています。また立ち上げの際、酒販店の色が付かないようにとの配慮から、酒蔵が主体のイベントとして始まったと聞いています。
2007年の第1回の開催では、初めてということもあり、基本的には20代の酒蔵のメンバーが主体となって運営するなか、先輩たちや酒販店が要所要所で手助けをしたそうです。
こうしたイベントが開催されることで、酒蔵の若手が立ち上がったと聞いた業界関係者が集まり、若手蔵のお酒がより多くの取引先に試飲されるようになりました。蔵元自身が主催し、若手蔵の飛躍の一歩となる。これが「若手の夜明け」設立時の趣旨なのだと理解しています。
そうして始まった『若手の夜明け』は、15年の間、累計101の酒蔵たちによって、2022年6月の第31回まで続いてきました。毎回のイベントにはおよそ1000人のファンが集まり、蔵元たちの自慢のお酒が振る舞われました。多くのファンを魅了し、「若手の夜明け」というブランド資産は確実に蓄積されていったのです。

新しい「若手の夜明け」の運営方針

大手町フィナンシャルシティ (大手町仲通り)

公式ホームページにも記載がある内容はそちらに譲るとして、ここではどういう考え方でイベントを設計しているのかを記載しておきます。

1つ目は、飛躍の場であるということ。
2007年にこのイベントが創設された頃から、「若手の夜明け」は若手蔵に大都市圏での流通におけるプレゼンテーションの機会を提供していました。
この15年間でこのイベントをきっかけに蔵として販路を拡大したり、生産規模が増えたところもあれば、そうでないところもあったと聞いています。
僕としては、このイベントは露出が増えてブランド価値が向上すること、そして流通量・生産量が増えて経済的に成長すること、この2つを飛躍と捉え、そうした飛躍のキッカケとなる場でありたいと思っています。そして運営者としては、酒蔵や酒販店のみならず、運営側でも携わった人みんなが飛躍できる場にしていこうと決めています。

2つ目は、競争の場であるということ。
「若手の夜明け」は出展している蔵同士で、成長につながる健全な競争が行われる場にしたい、と考えています。運営事務局では、今回の開催にあたり、酒蔵や酒販店のストーリーを届けるためのさまざまなコンテンツを提供してきました。それは、蔵についての詳細ページ、蔵の風景の写真や映像、Podcast、SNSでの発信などです。
こうしたコンテンツを来場者にどう届け、拡散させるか。また、イベントの空間をどう設えるか。そういった部分で、各蔵や酒販店がこの場をどう利用するかに関して、それぞれに違いが見られました。あくまでも僕は話づくりをしながら、その場において参加する蔵や酒販店が競争する仕組みをつくれないか、と思っています。

そして考え方の3つ目は、すべての活動を資産的なものするということ。
あらゆる活動が、資産的か、消費的、あるいは負債的なものに分類されるという立場に立つと、資産的というのは「経年によって価値が向上するもの」と定義しています。反対に下落するものは負債的だし、消えるものは消費的です。
Clandでは『若手の夜明け』に限らず、日本酒に関わるすべての事業を資産的であるようにと考えています。それが、蔵にとって、酒販店にとって、ファンにとって、ひいては日本酒業界にとって、世界への普及と次世代への継承に繋がると信じています。


僕は、おおよその酒蔵経営者のライフサイクルを30年と捉え、「若手の夜明け」はこれからの30年を創っていく酒蔵・酒販店の飛躍、競争、そして資産的なイベントとしています。それは、これまでの30年を振り返ったときのアンチテーゼでもあります。国税庁が発行している『酒のしおり』では、毎年の日本酒市場の概況が見れますが、平成の30年あまりを見ると、輸出を除くあらゆる数字が右肩下がりになっています (その輸出も規模としては大きくはありません)。日本酒業界で活動をしていると、上の世代から「そういうものだから」と言われることが非常に多くあります。ただ、「そういうもの」でやってきた結果が今だとすると、それを踏襲することには懐疑的にならざるを得ません。もちろん一概にこの30年を否定したいわけではありませんが、数字が顕著に物語る事実を踏まえて、これまでと同じことをやっていては次の30年を価値あるものにはできないと考えています。せっかく新規参入をするなら、業界内に知見のない新しいことをやっていかないと、という思いは強く持っています。

参加蔵・酒販店のロゴ

Clandが新しく取り組んだこと

  1. 広報活動の改善、拡大
    これまでの開催における告知は最小限のチラシの作成程度に留まり、ホームページやSNSでの発信をやる余裕はありませんでした。自蔵のホームページもまだなのに、イベントのものを先に作るわけにもいかない、という気持ちも蔵によってはあったのだと思います。
    結果的に、過去31回分のイベント情報はほとんどどこにも残りませんでした。どこの蔵が参加したのか、どこでやったのかなどを知るには、関係者の手元資料をあたるしかありません。これは「若手の夜明け」が打ち上げ花火的なイベントになってしまっていて、仕組みとしてイベント内容をアーカイブができるような体制が取れていなかったからだと考えています。
    これまでに参加した蔵の意見を聞いていると、蔵元たちの運営によるものだから仕方ない、という面と、せっかくだから改善すべきという面が散見されました。
    そこで、今回はホームページやSNSで積極的に発信しました。そこには、普段見ることのできないお酒づくりの風景や、蔵元たちの想いなどを41蔵と11酒販店、可能な限り掲載しました。プロにとっては興味深い内容となっているのではと思うと同時に、蔵元たちにとってもその時点での思いや考えを発信する機会になったのではと思います。
    今後、HPを中心に情報を整理してより見やすいサイトにしていき、若手の夜明けホームページが一つの日本酒コンテンツとして資産化するように準備しています。

  2. 酒蔵だけでなく、酒販店も参加する場に
    蔵元主催の難しさの一つに、お酒の販売があります。酒蔵は基本的にどこでもお酒を売れますが、長年の商慣習としてお酒を売るのは酒販店の役割という意識を強く持っていました。したがってこれまではそうした役割分担の配慮からもお酒の販売はしてきませんでした。
    Clandはその点、酒蔵でも酒販店でもありませんから、ある意味でそうした商慣習に囚われることなく開催ができます。
    そこで今回は、僕がこれまでの3年間において酒蔵・酒販店を紹介してくれるなどお世話になってきた酒販店14軒にお声がけをしました。皆さん快く出展を了承してくださり、同時期のイベントや新店舗開店などで都合がつかなかった酒販店をのぞく11軒が参加してくれることになりました。好きなお酒があったら、買って帰りたい。さまざまな内側の事情で叶えられなかった来場者のシンプルな望みが、叶えられるようになったのです。
    今回、最終日が台風の影響で試飲会ができず、やむなく屋内での販売会に切り替えました。それも新たな試みであり、意外な成功を収めました。想定以上の来場者が集まり、1000本以上お酒が売れ、蔵元から直接話を聞きながらお酒が買えるという体験の満足度も高かったのです。
    今後は、試飲と販売のエリアも明確に分け、販売方法もスムースにしていく予定です。たくさん買ってくださる方へのお酒の配送も手配するなど、今回の反省を生かして運営していきます。


裾野を広げ、全体の市場を大きくするための場づくり

「若手の夜明け」において、酒蔵でも酒屋でもない第三者による運営は、今回が初めてになります。日本酒イベントをマーケティング会社などが主催するのはよくある話ですが、蔵元主催のイベントを第三者が引き継ぐのは稀なケースだと思います。
それは、この3年間の僕の活動を見てくれた蔵元や酒販店のみんなが、僕が生半可な気持ちで日本酒の事業をやっていないということを理解してくれたからだと思っています。そして、より良い「若手の夜明け」になることを期待してのバトンタッチなのだと理解しています。
イベントは、若手蔵・酒販店の認知度を広めるためのものです。より多くの人の目に触れ、イベント後にも蔵に対する関心が続くよう、イベント運営を改善していきます。

次回は、僕が日本酒業界をどう見て、何を取り組んでいるのかについて、書いていきます。


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