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浅酌低唱:水はおもしろい

日本酒のおもしろさに気付かされたのはどのタイミングだろう。醸造や発酵のサイエンスから、その長年の歴史と伝統という文化性、そしてメディア、経済に足を踏み込んでいくと、それぞれのベクトルのおもしろさの違いがある。のめり込んだ理由はいくつもあるけれど、その中でも最近は「水」が気になっている。

日本酒はその大部分が水であり、米の栽培から原料処理、仕込みそして掃除に至るまであらゆる場面で水を大量に使う。そのため、酒造りと自然環境との結びつきは密接で、蔵に行けば多くの蔵元たちはその土地の水がどこ由来なのか、そしてその硬度について説明をしてくれる。オタク気質な僕の性格を知ってくれている蔵元たちには、それがアメリカ硬度でいくつで、Ca, Mgがどれくらいなのか、その上でどのような醸造の工夫があるのかを聞くところまでがセットなのだけれど、僕は、きっと水にはそれ以外にもおもしろいものがあるのではと思っている。

少し前に読んだ論文が興味深かった。フミン酸という仕込み水に含まれる有機物質が、主に清酒の着色にどのような影響を及ぼすのかという研究だ。フミン酸が多いほど、光と反応して着色を促進するというもので、これは瓶の選定と貯蔵温度に関係する内容であることから、酒蔵だけでなく流通の要である酒販店にも関連するトピックだった。

醸造用水というのは、その使用を決める前に大腸菌の汚染がないか、鉄やマンガンが含まれていないかなど、その醸造適性を見るポイントはいくつもある。ただ水質と保存適性への言及は少なく、その意味で各蔵の商品企画、特に瓶色と流通・保存方法によっては一考すべき内容なのではと思った。ただ多くの酒蔵が茶瓶など濃色の瓶を使っていることや、長期保存を前提にしたお酒の設計では必ずしもないことから問題にはなっていないのかもしれない(また、多くの日本酒の熟成古酒は着色を恐れない)。今後、日本酒の資産化が進みビンテージでの価格変動が生まれたら、氷温保存による無着色の熟成とその価値についてのサイエンスが生まれるかもしれない。それは一つの方向性として楽しみではあるが、こればかりは時間を要するのが歯がゆいところでもある。

何よりおもしろいのは、こうした目に見えないものをサイエンスによって少しずつ解き明かそうとする態度であり、そしてそれが第三者によって再現性のある形で実証されていくことで、醸造を感覚や感性だけに留めないようにでき得るというものだ。なんでもかんでも科学的に実証できるとは思わないからこそ、できる限りのことを科学的に理解しようとする態度が僕は好きだ。

すべては旨い酒を一人でも多くの人に届けるために。そんな想いで水の研究をしている人がいたら、なんと尊いことだろうかと思いながら今日も一献。

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