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浅酌低唱:清酒製造免許の規制緩和で次の100年をつくるには

初めに書いておくと、僕は清酒製造免許の規制緩和には賛成だ。戦後70年間以上も新規の清酒製造免許が発行されていない状況は、僕のような新しいことに取り組む立場からすると違和感しかない。そうした状況に対して「伝統や歴史を盾にした既得権益の確保だ、保守的だ」と揶揄する気持ちはよくわかるし、昨今のインターネットでも清酒製造免許の規制緩和に向けた機運が高まっているように思う。

だからこそ同時に検討しておきたいのが、規制緩和が進んだ先にある未来に起こり得る市場の変化だ。結論を言えば、現状の酒蔵の経営状況を鑑みるに、規制緩和をすれば健全な競争環境は増すが、日本酒市場の拡大は起きずむしろ廃業が進み、市場そのものは一時的にシュリンクするのではないか、と考えている。それは健全な競争環境ができたという意味では資本主義的で良いのだが、規制緩和の目的が市場の拡大だとすると、短期的には整合性が取れていないようにも思えてしまう。ただ後述するようにこうした仕組みの変更は長期で見るべきで、そのための準備を業界関係者にはしてほしいという意味でここに筆を執ることにした。

規制緩和による市場の変化には、以下の3つがあると考えられる。

  1. 新規参入の圧倒的な資本力に既存の蔵が太刀打ちできなくなる

  2. 安易な価格競争や品質の悪い酒が流通し消費者が離れる

  3. ファンマーケティングによる流通構造の変化で専門店が衰退する

日本酒業界は、酒蔵が製造して消費者が口に入れるまでに卸や酒販店などの中間流通が入ることが多い。これは業界が築き上げた互助的な側面もあり、酒蔵と流通、あるいは流通同士で支え合うために出来上がってきた仕組みでもある。特にSNSが未発達な時代においては情報発信のメディアも情報収集のツールも限られていたために、流通によるお墨付きが酒蔵のブランドを作っていたことから、こうした構造が業界を下支えする上で重要な役割を担っていた。

だが、個人が様々なツールを用いて情報収集をすることができるようになった結果、既に一部の業界では造り手が消費者に直接ブランドストーリーを訴求する仕組みが出来上がり、必ずしもそうした旧来の中間媒体としてのメディアを必要としなくなった。その結果、今業界内で起きているのはこれまでのように互助的に業界を支え盛り上げていく流通構造ではなく、人気投票的な銘柄商売で話題になった銘柄をとにかく集めようという流通側の変化だ。

これは「流通は話題の銘柄の仕入れに専念すれば良い」という意味で一時的にはシンプルだが、長期的には他社冷蔵庫との類似性(どの酒販店に行っても冷蔵庫の中が同じ)による競争力の低下であったり、D2C (Direct to Consumer) によるファンマーケティングが台頭することで、流通ポートフォリオの入れ替えが起こるのではないかと考えている。もちろん、義理堅く卸・酒販店流通を尊重する蔵もあるだろうし、蔵の手間を考えても流通を入れる意義は大きい。また東京市場に流通する既存の酒蔵のD2Cのほとんどは流通(特約店)の構造がそれを許していないが、果たして新規清酒製造免許の規制緩和が進んだ場合にはどうだろうか。

清酒製造免許の規制緩和が進むことで参入が予見されるのは、何も情熱に溢れた若き醸造家だけではない。むしろ既存事業者がより警戒するべきは巨大な資本力を持った企業や富裕層だろう。既存の蔵の買収や復活という形で国内企業が酒蔵を興すケースはすでに散見されているが、特徴的なのは既存事業者にはなし得ない設備投資とマーケティング投資が行えるということだ。

酒造りは手作りの職人技と思われがちだが、同時に規模の経済を働かせられる設備産業でもある。様々な作業を機械が代替することは悪いことではないし、特に力仕事などはリフトやクレーンを使う方が労働環境としても相応しいだろう。木造の古い蔵を継ぎ接ぎで増築するよりも冷蔵設備が整った建屋で酒造りをした方が一日あたりの生産性も高いと分かれば、人材確保も競争環境が増すのではないか。

資本力のある新規蔵の参入で困るのは、既存の酒蔵だけではない。新規参入が既存の流通チャネルではなくファンマーケティングを戦略として選んだ場合、その蔵のECから消費者へ直販するチャネルが優勢になる可能性がある。もちろん、飲んだことのないお酒を蔵のECから買うかと言うとそうはならないだろうが、それが誰かのお墨付きのついたマーケティング施策に乗っていればどうだろうか。そうなれば、卸や専門店は不要となり、酒蔵から個人、あるいは飲食店へと直接流通することになる。酒蔵としてはその方が利益率も上がるし、買い手としてもお得に買えるかもしれない。いずれにせよ、既存の流通構造に守られていた卸や酒販店(専門店)も他人事ではない。

仮にこうした流れが不可逆的であったとすると、「日本酒市場を拡大する」という目的に合致するにはどうした想定が必要だろうか。1. については、規制緩和による参入機会を窺っていた資本家は多いだろうから止められそうにない。既存事業者はファンマーケティングのポートフォリオ比率を増やしながら、酒販店流通の経済性を加味してファンを専門店に誘客してはどうか。2. については品質第一を念頭に置いて、第三者機関によるお墨付きを仕組みとして与えてはどうか。それも、より消費(飲食)市場に精通した第三者による味わいのお墨付きとなれば購買意欲を刺激するのではないか。そして3. については、1. の酒蔵による取り組み以上に、専門店自身がファンマーケティングによる銘柄商売ではなく、専門店の個性が立つような仕入戦略と店舗設計、出店計画を立てることが求められるのではないか。酒販店はキュレーターたれ、と以前ブログに書いたことがあるが、仕入のキュレーションと提案のキュレーションによる店舗、店員の個性を高めていかなければいけないと考えている。

酒蔵、流通、そして監督官庁の視点に立って考えてみると、こうした変化を生み出す仕組みを作るのは非常に胆力がいる。そして、こうした変化にはダウンサイドが伴うことは否めないため、短期的視野に立った人からの反発は必至だ(そしてその気持ちもよくわかる)。率直に言えば、規制緩和によって衰退する酒蔵、酒販店が出てきてもそれは仕方がない、と思っているし、それは健全な新陳代謝の過程だと思う。だからこそ、こうした規制緩和が実現するならば、酒蔵が持つ数百年の歴史の次の数百年を切り開くという思いを持って、長期的な視点で趨勢を見守っていきたいし、酒蔵や流通はそうした事態を想定して準備を進めていってほしい。

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