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「ラムネの音」恋愛短編#3 #シロクマ文芸部

ラムネの音が弾けて夏色のビンを持った君が微笑んだ時、一瞬、その音は自分の中から聞こえたのかと思った。
多分それが僕が恋に落ちた音だったのだろう。

瓶の中でキラキラと光を受けた半透明の液体みたいな淡い想いは僕の胸を満たして、湧き上がる気泡のように様々な言葉を浮かべた。
こみ上げる言葉たちは外に出たがったけれど、ビー玉でせき止められてそのまま喉元で消えていった。
消えていく泡と僕の言葉は混ざり合いながら、うだるような暑い夏に溶けた。
甘ったるい残り香だけをふんわりと漂わせて。

もし届けられたのなら何を伝えただろう。
ひとつひとつ思い返してはガラス玉にならないかと吟味するけれど、多分想いも言葉も、消えていく気泡だからこそ美しいのだと思う。
結局、君には何も伝えられないまま全部終わってしまった。
ただ憧れて、ただ淡いままのレモン色の恋だった。

「ラムネってさあ、レモネードが語源らしいよ。遠すぎだよね、音。わかりにくいって。そう思わない?」

最後の夏の日、君はラムネを飲み干して、僕の目をのぞき込んでそう言った。夏、終わっちゃうね。もう会えなくなるね、と。
喉まで出かかった僕の言葉は結局ビー玉の手前でせき止められてしまった。
僕は君に見えないように隠したこぶしを血が滲みそうなくらい握りしめた。
一拍おいて、消え入りそうなため息をついて君は僕から目をそらした。
ついっと背中を向けて石を蹴り上げて、バイバイとつぶやいた。
そのまま君は僕を振り返ることはなかった。

甘ったるいラムネの匂いと僕の苦いレモン色の言葉だけが宙に浮かんで夏の夕日に溶けきれずに残っていた。
いつまでもあの日に戻りたいと願うなら、瓶を壊してでも君を引き留めればよかった。
ラムネの音を響かせても、もう僕のあの日は還らないのだから。
ただ痛みだけがそこに在るのだ。
君が本物だったことを焦げた刻印として心に残して。



だいさんだーーーーーーーーーーん。
暑くなってまいりました。
ノルウェーも今日は26度あります。扇風機つけたぜぃ。



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