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「10分」

(都内。I駅を出たところにある大通り沿いのカフェにマイミが入ってくる。友人・のりこは先に席に着いている。)

えーーーと、、、あっ!ひーさーしーぶーり!何ヶ月ぶりー?3ヶ月…ぐらいかぁ。この間はあれだよ、リカがみんなに声かけてたとき。それ以来!

(メニューを開きもせず、店員に)コーヒー、ホットで。いらないです。

久しぶりー。ってか、会うたびに久しぶりだよね。元気にしてた?カノンちゃんは?え、もうそんなになるの?そりゃうちらも年取るわけだよねー。


…ん?電車。と、歩き。ううん、通常運行してた。なんで?

(マイミ、腕時計を見る)10時。(マイミ、のりこを見る)、10分。10時。10時、ちょうど。

…ごめん。…だから、ごめんって。10分だけだけど、誤差の範囲だけど、遅れてごめんって。

…だからごめんって謝ってんじゃん。これ以上謝ってる時間もったいないじゃん。謝ったって10分が戻ってくることないじゃん。つーか私、ちゃんと10時ちょうどにこの駅に着く電車に乗って、定刻通りに着いてるからね?今日乗る電車なんて、3日前に調べてスクショしておいたしさ。

だいたいこの店おかしくない?「駅前店」って付くのに、最寄駅の改札から徒歩10分。これはもう立派な詐欺だよ。駅前という概念を大きく超えているよ。2、3分じゃん。駅前って名乗っていいのは、大目に見ても改札から徒歩2、3分じゃん。その概念を大きく超えている分をさ、どうしてこの常識的な私が、その分早く起きて、さっさと化粧してセットして、手際良くごみ集めて出して、って調整しなくちゃいけないわけ?

…そう言うけどさ、昨日帰ってきたのも終電で、慌しくシャワー浴びて倒れるように寝て、その後の朝の数分がどんだけ貴重なものかわかる?どいつもこいつも5分10分でわーわー騒ぎすぎなんだよ。そこまで頑張りたくないことも、頑張りたくても頑張れないことも、頑張ってもどーにもならないことも、あるじゃん…。

(コーヒーが来る)

今日は旦那さん休み?………だんなさん。休み?……え?

(コーヒーを飲む)

そう、なん、だ。   え、いつから?うん…え、毎日?くじごじ?くじしちじ。あんま変わんないじゃん…え、え、カノンちゃんは?あぁー…だよねぇ…うん…その土日祝日は時給上がるシステム、何なんだろうね。私に言わせれば平日のランチタイムこそ人増やしてあの混雑うまくさばいてほしいよ。わざわざ休みの日にデパ地下のお弁当食べたい人なんてさ………いるんだ。…え、じゃあ今日は?いや、どっちもさ。………保育所って日曜の朝でもやってるの………?


なんか、ごめん。

いや、そっちじゃなくてさ、こうやって誘ってることがさ。

断らないじゃん。のりこはさ昔から、私から誘ったときは断らないじゃん。…そう。ほんの3回。けどさ、どんなに遠くにいても来てくれてさ、背中押してくれたり引き止めてくれたりするじゃん。学生の時みたいに毎日話すことは無いけどさ、その分会えるときの時間って超貴重じゃん。なのにさ………

いま、わたしの、ことは、もはや、どーでも、いいんだよ。いい。いい。いいんだってば。あーもう。

ケンジが今の証券会社辞めてゲーム実況者になるとか言い出した。ゲーム実況者が嫌なんじゃないよ。サラリーマン辞めて簡単にゲーム実況者になれると思ってる人間性が嫌なの。しかも配信の邪魔になるからテレワーク中に家の中で電話するなとか言い出してさ、誰の家だと思ってんだよこっちは納期にクソうるさい取引先なだめるのに毎日必死なんだよ。大体そんなこと今言うことじゃないですよね。チャンネル登録者1000人超えて収益化成功したら考えればいいことですよね。ねぇ私ほんとにこの人と結婚していいのかな。ハイこの話おしまい。

(マイミ、思い出し怒りしながら息を整える)

…そうだよ、わかってるよ。わかってるけどさ、それでいいんだよーって、誰かに言ってほしいだけの時だってあるじゃん。誰かに。肩の力抜いて、何にも頑張らなくても、自分のこと肯定してくれる誰かにさ。

でものりこにとって私はその「誰か」じゃないじゃん。だって私が誘ったらのりこは絶対来てくれる。どんな無理をしても絶対来てくれる。断ったっていいのに絶対頑張って都合つけて来てくれる。私はいつも自分のことばっかりでさ…

(マイミ、少し考えてスンとする)

私、旅に出る。山に篭って、滝に打たれてくる。それぐらいすれば、いくら私でも流石に気づくと思うんだ。…だから、「人間は孤独で一人で生きていくもので、自分の人生には自分しか責任が取れなくて、でも人間の形を保つには外から見てくれる他人の存在が必要で、そのうち何人かの他人は見逃してはいけなくて、その他人はもはや他人ではなく自分を構成する一部であって、友達とか恋人とか別の名前で呼ぶようになって、その人たちの大切なものまで大切にするのが自分にとって大切」ってことにさ!

(マイミ、コーヒーを飲む。息を整えながら)

だって。のりこのこと、わかってるつもりだよ?だけどさ。そんなに無理するぐらいなら言ってほしかったんだもん。無理じゃん。無理だよ。…それを無理っていうの。無理なときは無理でいいの。…

………。

ほんと。だからかな、たまにすごいイライラすんの。そんなことわかってるよ、もっと優しくしてよ、もっと素直になれよ、って。

(マイミ、腕時計を見る)

…10時20分。…にじゅ、じゃない、10分。そうだね。人生で一番感情の起伏が激しい10分だったかも。あーあ、今日はコーヒーにしなきゃよかったな。最近何にも考えずに頼んじゃうけど、今日ばかりはさ、メロンソーダにすればよかったと思ってるよ。何ならアイス乗っけてクリームソーダでもいいぐらいだよ、今日は。

次に会うときはさ、…いや、「10時10分待ち合わせ」だと何も解決しないから。私、べつに待ち合わせ時間に10分遅刻してくる人間じゃないから。ただ、遅れて到着してるっていう自覚がないだけだから。「10時ちょうどにお店の席で待ち合わせ」でいいんだよ。そう言ってくれたらさ、ちゃんと今日ののりこみたいに待ってるよ。10時ちょうどにここで会う。それで、お互い溜め込んだものを吐き出す。それで10時10分。そこからクリームソーダ飲む。…すごい!今日より10分も余裕ある!そしたらさ、昔みたいになーんの意味もない雑談しよ!どこのケーキがおいしいとか、面白かったゲームとか、つまらないドラマとか。超ぜいたくじゃない?


………何笑ってんの?

(完)

@camcammcammie

きゃみこ


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