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時の人

「舞台に立つ役者は、観客に鍛えられる」

役者の成長には観客が欠かせないという意味だが、聴衆が見識に欠けていれば相応の役者しか生まれないとも取れる言葉だ。

今、Napaの生産者達には厳しい視線が注がれている。世界的な高級ワインの価格高騰の中にあって、同地域は特に値上げが激しい産地の一つであり、高価格帯のワインが売れなくなっているという。

消費者も鵜の目鷹の目で価値のあるワインを探している。Napaに代えがたい魅力があることは分かるが、高級ワインが争って高騰する様子を見て、愛好家の我慢にも限度があるという訳だ。

ボルドーの低迷に見られるように、カベルネ・ソーヴィニヨンの人気が低調なことも災いした。「おしなべて同じ味がする高級ワインを買う理由がどこにあるのか。」といった口さがない批判が聞かれたことも、一度や二度ではない。

ところで、厳しい視線が注がれているということは、見方を変えれば、注目を集めているということでもある。逆境を跳ね返す力を見せることができれば、役者としての評価を高めることはそう難しいことではない。

「今まで長くNapaを見てきた中で、最も印象的なデビューだ。」

Vinous誌のNapa reviewの中で、Antonio Galloni氏がKinsman Eadesをこう評した時、注目の生産者の登場に心ときめくよりも、困惑が先立ったのは筆者だけではないと思う。

確かに、Macdonaldのように「高価で退屈なワイン産地」だったNapaの評価を覆して、時の人になった生産者は存在する。しかし、それはあくまで例外であって、スター生産者が登場することなど、そうそうあることではない。

WineBerserkers.comを見ても、デビュー・ビンテージすら発売されていない新人が、著名評論家から絶賛される事に対する懐疑の声が大勢だった。この戸惑いは、ワインのリリース価格が決して安くないことが判明した事で、一層大きくなった。

「どうせいつもの評論家のマーケティングだ。美味しい訳がない。」
「いや、Antonio Galloniがここまで言う事は珍しい。」

水掛け論が繰り返される中で、徐々にKinsman Eadesへの注目度は高まっていった。

こうした議論をよそに、Kinsman EadesのオーナーであるNigelとShae夫妻の顧客へのアプローチは極めて地味で誠実なものだった。それは、自身のプロジェクトに対する思い入れを語ることから始まった。

曰く、「家を買うために貯めていた資金で、果実を買ってしまった。」「想像もできないような縁で、素晴らしい畑や栽培家と協業する機会をもらうことができた。」「自分たちは、長い熟成に耐えられるような、産地の声を反映したワインを作りたい。」等々。

AraujoやAbreuでの経験について語るよりも、自分達がどれだけこのプロジェクトに賭けているのか、どれだけ心を砕いてワインを作っているのかについて、自らの言葉で顧客に語りかけた。こうしたアプローチは、当時、珍しかったと思う。

その後、少しずつ、Cellar tracker等の掲示板にKinsman(デビュー当時のワイナリー名は"Kinsman"だった)のレビューが増えていった。多くの人達が、「新進生産者にしては高いワインなので買うのに躊躇したが、もっと買っておけば良かった!」と、興奮気味に語っていた。特に、Kinsman Eadesの自社畑であるRhadamanthusのワインを推す声が多かった。

そして、この新人生産者の評価は、3ビンテージ目にあたるRhadamanthus 2018がVinous誌で100点を取ったことで確かなものになった。このワインは、Diamond creekに果実を供給していたReverie vineyardから作られている。階段状に植樹された存分に陽の光を浴びる畑で、Diamond mountainの特徴が詰まっているという。

その後、MLの登録待ちが殺到し、Kinsman Eadesからワインの割り当てをもらうまでに数年は掛かると噂されるようになった。

筆者は幸運にもRhadamanthus 2019を入手することができた。自宅で飲む機会が滅多にない高級ワインだが、祝い事を言い訳に開けてみることにした。

血のような赤色。ブラックベリー、カシス、土、鉱物、ラベンダー、カカオ、ハーブ、甘草の凝縮した香り。とてつもなく濃厚な液体が滑らかに流れ込んでくる。そして、味わいの裏には膨大な要素が緻密に詰め込まれていることが知覚できる。突出した部分はなく、アルコールの熱やタンニンの重さは一切感じない。いつまでも続くかのようなアフター。凄味を感じるワイン。だが、まだまだ若い。

このワインにはまだ先があるのではないかと考えて、その後、4日間かけて飲み続けてみた。後半にかけて、ワインは酸化して「老ねて」いったが、味わいは円熟味を増していったように思えた。ちょうど、人がその成長と共に皺や傷を増やしていく様子に近い。

今や、Kinsman Eadesは、カベルネ・ソーヴィニヨンだけでもVine Hill Ranch(Kaannos)、M-Bar ranch(Kodo)、Sleeping lady vineyard(Anjea)、Ecotone vineyard(Aphex)、Geeslin vineyard(La Voleuse du Chargin)と、Napaの生産者なら誰もが羨む垂涎の畑を一挙に手がけるまでになった。

小さな家族プロジェクトに過ぎなかった生産者が、厳しい観客の期待を超えて成長する様は、まさに「時の人」の面目躍如といったところだ。


本日のワイン:
Kinsman Eades Rhadamanthus 2019
98+pts
https://www.kinsmaneades.com

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