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歩幅

分かってはいても、自分の歩幅で生きていくことは、なかなか難しい。

人間が社会的な生物である以上、顔色をうかがったり、関心の目に晒されることは避けられない。好むと好まざるに関わらず、人となりの比較や品定めには、それなりの「需要」がある。

比較と競争があってこそ、新しいアイディアや価値観を生み出すことができる、と言われる。だとしても、絶え間なく注がれる好奇の視線と向き合い、承認欲求に心を振り回されて、果たして人間は幸福や満足に近づけるのだろうか。

目を転じれば、ワインほど比較される飲料もない。価格、市場での評価、味わい、販売動向、等々。様々な専門雑誌やSNSの投稿の中で、日々、多くの人々が無数に存在するワインの価値や魅力を解き明かそうと言葉を費やしている。繰り返される検証に耐えられるワインを求めて、日々の困難と向き合う生産者も少なくない。

ただ、自己表現としてワインを作る人達にしてみれば、そんな不躾な関心は心地良いものではない。息苦しさからの解放を求めて、ヴァン・ナチュールという運動を支持したくなる心情は理解できる。だとしても、そうした試みが圧力や枠組みへの反発に起因しているならば、成功の見込みは薄いだろう。

置かれた立場と環境を見つめながら自身のあり方を定めることは、かくも難しい。Gallicaのワインを飲んで、ふと、そんなことを考えた。

Gallicaは、かのSpottswoodeでワインメーカーを務めたRosemary Cakebread氏が独立して作ったプライベート・ブランドだ。初リリースのOakville Cabernet Sauvignon 2007は、Robert Parker Jr.氏から99ptsの評価を得て、華々しいデビューを飾った。

当たり年である2016年に作られた Oakville Cabernet  Sauvignonは、Vinous、Wine Advocate、JebDunnuck.comから96ptsと高く評価されている。偶然、入手することができたので、知人との持ち寄り会で開けることにした。

赤スグリ、カシス、ブラックチェリー、李、紅茶、カカオ、バラ、杉。香り高い。明るい表情をしている。酸が綺麗だからだろう。ボディは軽いように感じるが、層のある味わい。タンニンは既に溶け込んでおり、飲み頃を迎えている。華奢だが途切れずに続くアフター。リラックスした味わいの中にも品格を感じる。

並み居るNapaの高級ワインのように、高みを目指して作られている訳ではない。むしろ、生産者のワインに対する愛情が素直に表現されている。

Rosemary氏はCabernet Sauvignonを愛しているそうで、後年、Saint Helenaに畑を取得している。近年は、Cabernet FrancやPetite Shirahも合わせて育てているそうだ。さらに、共感する栽培家から果実を得てGrenacheやAlbarinoのワインも作っている。いずれも高級ワインに違いないが、リリース価格は随分と穏当だ。

名門ワイナリーのポジションを「降りた」ことは、自身の歩幅で望むワインを作るための第一歩だったのではないか。その成否を吟味する立場にはないが、結果は知人たちの顔を見れば明らかだったように思う。

本日のワイン:
Gallica Oakville Cabernet Sauvignon 2016
96pts
https://www.gallicawine.com

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