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輪郭

 或る昼下がりの午後、私は村の神社の境内に敷かれた玉砂利の上に寝そべっていた。視界にはめいっぱいに広がった蒼穹と、あまりに巨大な入道雲が同居していた。その入道雲は長い時間をかけて輪郭の細部を変化させながら、蒼穹の只中を揺蕩っていた。その入道雲が動くのには、生物的な意思を感じた。彼は意思を持ってその輪郭を変化させながら揺蕩っているのだ。私の中で私がそう主張していた。いいや、そう感じているのはお前で、あれは水蒸気が空気中でもやもやと動いているからだ。私の中の掛川が反論してきた。掛川は私の中学の同級で、前髪を額の中心で二つに分け、切れ長の眼をした頭の切れる男だ。彼はいつも私の世界を否定する。私だってそれが想像上の世界である事など、とうに解っているのだ。私がその想像上の、現実から拡張された領域を愉しんでいる事を掛川はどうも気に食わないらしい。彼はいつも切れ長の眼を吊り上げて私に突っかかって来る。そうすると私はいつもここに寝そべり、想像上の掛川を私の世界の中に取り込む。学校では神童と持て囃され調子の良い掛川を、この玉砂利の上で弄ぶのだ。水蒸気って何だ、お前はあの雲の高さまで行って本当にそれを見てきた事があるのか。私がそう言うと、きっと掛川の眉間に皺が寄るのだ。私が、私の中の掛川をそうあれと命ずるのだ。しかし、掛川は口の端を少し持ち上げ、僕の方を真っ直ぐに見た。ああ、見た事がある。何なら君も見に行ってみるかい? 冗談だろ、と思った。しかし、掛川のその言葉には、信じざるを得ない不気味な魔力があった。私は初めて、掛川を恐い、と思った。掛川が玉砂利に寝そべる私の手を掴むと、私の身体は宙に引っ張られた。私の半身ほど上を、掛川が勢いよく飛び上がっていく。この手を離したら確実に死ぬ! 私は掛川の左手を、両手で力強く握り締めた。下を見下ろすと、神社や村の民家が小さな模型作品のように見えた。それ以上を見るのは恐ろしく、私は上を見ることにした。我々は蒼穹に向かって翔び上がっているのに、蒼穹はどこまでも遠く、我々を迎え入れようとはしなかった。掛川がそろそろ頃合いだ、と言うと、私の身体がほのかに湿りついた。なるほど、これが掛川の言う水蒸気か。私は素直に感心した。水蒸気に触れると、身体が湿りつくのだ! 掛川はそんな私を見て、ただ嗤っていた。嗤っていた! 掛川の二つに分けた前髪もまた湿りつき、額に貼り付いていた。その傷一つない額に、私は掛川の高慢な金色の精神を見た。それが不快だったので、額の中心に大きな傷を一つ付けた。掛川の額からルビイのように鮮やかな血液が溢れ、私の左手に流れ落ちた。掛川は笑っていた。この男は何も恐れていない。その事実に直面した時、私の全身の湿り気は冷や汗に置き換わり、肌という肌がぞわぞわと逆巻き、瞳孔は掛川の眼の内に秘めた深淵に取り込まれた。掛川は私の両手を払い除けた。私は成す術も無く、落下した。水蒸気から抜け出した瞬間、巨大な白い雲の輪郭にじっと視られるのを感じた。勝った! 私の想像する世界は、掛川の論理世界を上回ったのだ! 白い輪郭の向こう側に見えなくなった掛川を想像しながら、私の身体は蒼穹を堕ちていく。模型の村が現実になっていく、玉砂利の一つ一つが鮮明に見えてくる。
 或る昼下がりの午後、私は村の神社の境内に敷かれた玉砂利の上に寝そべっていた。視界にはめいっぱいに広がった蒼穹と、あまりに巨大な入道雲が同居していた。

※授業の課題で書いた、「睡眠」をテーマにした即興小説でした。

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