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アンテナラスト

アンテナラスト

 うだるような暑さの中、ラケット片手にベンチに腰をかけた。汗は止まることなく噴き出ていて、ラケットを握る右手の握力は失われかけていた。
「初戦敗退か。才能ないんじゃないか」クラスメイトでテニス部エースのヒロシが挑発するように言ってきた。俺は反論したかったが、何も言い返せなかった。手に力が全く入らないし、口を開くのもままならない。
「ふん」ヒロシは一言も発することが出来なかった俺を見限ったのか、それ以上何かを言うことなくその場を立ち去った。
 ヒロシの後ろ姿を目で追う。悔しいのか惨めなのかよくわからない感覚に陥った。どうしてこんなに差が開いてしまったのだろう。そんなことを考えていると後ろから優しく肩を叩かれた。
「ユウキ、お疲れ。あんまり気にすんなよ」同じテニス部のカズヤがスポーツドリンクを差し出し、励ましてくれた。
「ありがとう。初戦敗退だからな。エースさまからしたら目障りなんだろう」俺はスポーツドリンクを一気に飲み干し、カズヤに嘆いた。
「中学のときはユウキとヒロシでダブルス組んでいて、県内トップだったよな。同じ高校で一緒だから、また二人のプレーが見られると思っていたんだけど」
「今の俺じゃ、あいつの足を引っ張るだけだ。昔は一緒に練習もしてたけど、今は違うしな」
「元々ユウキの親父さんが二人のコーチだったたんだろ。ヒロシは今もコーチしてもらっているけど、ユウキは違うらしいな。なんでユウキは別のコーチにしたんだ?」
「親父は基礎中心でつまらないし、何か的確なアドバイスをくれるわけじゃなしな。ヒロシにはアドバイスするくせに……」俺は空になったスポーツドリンクの容器を握りつぶしていた。どうやら握力は元に戻ったらしい。
 一人になりたかった俺はカズヤに適当な理由をつけてその場から離れた。頭の中で試合に負けたこと、ヒロシの言葉、親父のコーチなど色々考えを巡らせた。だが、そんな思考も強制停止を余儀なくされた。母親から親父が倒れたと聞かされたからだ。

 病室に入ると親父はベッドで横になり眠っていた。よくわからない管などがあちこちに装着されている。医者の話では意識が戻るかはまだわからないとのことだった。
「お父さん、あなたの前では口にしないけど、いつもあなたのこと心配していたのよ。あの日だって……」母は涙目になって言った。俺は親父と口喧嘩した日の事を思い出した。感情のコントロールが上手く出来そうにない。いたたまれなくなって、すぐに病室を出た。

 それからは練習をしても身に入らなかった。体裁を保つので精いっぱいだった。
 土曜日の練習終わりに何気なく、近所の公園を散歩していると、親子がキャッチボールをしているのが目に入った。少年は小学生低学年だろうか。父親がジェスチャーで投げ方を指導すると、少年は真剣な表情で話を聞き、何度もジェスチャーを真似して、父親に対してボールを投げていた。
「俺らも昔はあんな感じだったのかな」親父との練習を思い出していると、足元にボールが転がってきた。ボールを拾い、こちらに向かってきた少年の父親にボールを手渡した。
「ありがとう。体力の限界かな。ボールを取り損ねてしまったよ」
「練習熱心ですね」
「息子が少年野球チームのピッチャーに選ばれたんだ。少しでも力になってやりたくて個人練習に付き合っていてね。本人のためになっていればいいんだが」
「本人のためになっていると思いますよ。真剣で生き生きとしている感じが、見ていて伝わってきます」
「それは良かった。でも教えることは難しいね。手取り足取り教えるか、自分でも考えてもらうようにあえて教えないかとか色々考えてしまう。それでも楽しくやろうとは心掛けているよ」
 少年の父親は再度お礼をした後、少年の元へと戻っていった。親父も何か考えがあったのだろうか。そう思うとこのままではいけないという感情が少しずつ芽生えてきた。
 俺は以前の父の言葉を思い出し、練習に励んだ。だが、練習試合で勝つことが出来ない日が続いた。幸い親父は次の大会までには退院出来るとのことだった。それまでに何とか上手くなって、心配をかけなくてすむようにしたかった。

 大会当日、粘りはしたが、結局勝つことは出来なかった。ただただ悔しかった。諦めたくはないが、どうすることもできない自分に対して嫌気がさし、途方に暮れていたとき、聞き覚えのある声で話しかけられた。
「さっきの試合は惜しかったな。腰の入れ方が甘かった。そこを重点的に改善すれば次は勝てるぞ」母に連れられて車椅子に座った親父が目の前に現れた。
「親父……」申し訳なさですぐに言葉が出てこない。
「ユウキ、すまなかった。もっとしっかり会話するべきだったと後悔しているよ」
「いや、俺の方こそ言うこと聞かなくて悪かったと思っていたんだ。もっと上手くなりたい。もう一度基礎から教えてくれないかな」 俺は出来る限りの誠意を持って頭を下げ、お願いした。
「ああ、もちろんだ。次の大会では優勝を目指すぞ」今まで見せたことのない明るい表情で親父は言った。
「目標が大きいな。でも、望むところだ」
 俺は母の代わりに車椅子を押して、家路についた。



10-FEETのアンテナラストにインスパイアされて書きました。
何回もライブ観ているのにまだ一度も観たことがない曲なので、次こそは観たい。

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