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Mr. Brightside

Mr. Brightside

「隣、空いてる?」
 一仕事を終え、最近新しく出来たパブで一杯ひっかけていた私に幸運が訪れた。後ろを振り返るとそこには、今までの人生で一度も出会うことが叶わなかった好みの女性が笑顔を浮かべ、私を見ていた。
「ええ、空いてますよ。どうぞ」
 私はすぐに席を立ち、平常心を保ちながら隣の椅子を手前に引き、女性へ座るようにエスコートした。
「ありがとう。話し相手が欲しかったの。私、エミリー。よろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく。私はバーナードだ」
「素敵な名前ね」エミリーが真っ直ぐ私を射抜くように見てきたため、心拍数が急上昇したが、なんとかおさえて、「君の名前が素敵だよ。エミリー」と言い返した。
 エミリーはメニューを見ることなく、マスターを呼び寄せ度数の高いお酒を注文した。私も同じものを飲む異にした。乾杯した後はお互いの仕事や趣味の話、お勧めのお店の情報等について、たっぷり2時間会話を楽しんだ。

 思っていた以上に会話は盛り上がり、望んでもいない、いや、待ち望んでいた展開となった。ホテルの部屋にはいるやいなや、エミリーはキスをしてきた。驚いたが、私も引かずに彼女を抱き寄せた。こうなったら勢いに身を任せるしかない。そう思った矢先、エミリーの携帯電話が鳴った。
 エミリーは私を制止し、携帯電話に出ると数分間話し込み、途中で部屋を出ていくと、それっきり戻ってはこなかった。私は虚しさを覚えた。
 その日以降、仕事はほとんど手付かず、エミリーの事ばかり考えていた。彼女と会ったパブにも通ったが、一度も現れることはなかった、

 数ヶ月後、私は友人のピーターと昔からの行きつけのパブで食事をした。
「なぁ、聞いてくれよ。この前、ここより大分雰囲気の良いパブで飲んでいたらとんでもない美女が現れて、一緒に飲もうって誘われたんだよ」
「おいおい、本当かよ! どこのパブなんだ?」
 ピーターはビールジョッキを片手に食い入るように聞いてきた。
「ダメだ。ピーターは手が早いから教えられないな。場所のことは一旦忘れてくれ。話にはまだ続きがあるんだ」
 私はホテルの件もピーターに伝えた。
「それは悔しいな。携帯電話取り上げちまえばよかったんだよ」
「確かにな。あの日の事は当分忘れられそうにないよ」
 その後も中身があるようでないような会話を二人で続けていると、店の扉が開き、見覚えのある女性が店内に入ってきた。エミリーだ。
 信じられなくて瞬きを何回もしたが、間違いない。すぐに声をかけよう。そう思って、席を立とうとした時、ピーターがエミリーに向かって手を振った。
「おい、エミリーこっちだ。バーナード紹介するよ。俺の彼女のエミリーだ。どうだ、キレイでいい女だろう」
「あぁ……そうだな」
 私は急に具合が悪くなった。今まで口に入れてきたものを全部吐き出したい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。
「約束の時間よ。早く行きましょう」
 エミリーは私の方を見ることもなく、ピーターの腕を掴んでせがんだ。
「あぁ、わかった。バーナードすまないけど俺はここで帰らせてもらうよ。さっきのパブの話展開があったら教えてくれ」
 バーナードはそう言うとこれ見よがしにエミリーの腰に手をあて、店を出て行った。

 私は吐きそうだったことを忘れ、グラスに残っていた酒を一気に飲み干し、気分を落ち着かせようとした。バーナードと彼女が付き合っているなんてありえない。どうかしている。何かの間違いだろう。私は人よりモテてきたんだ。端正なルックスを売りに舞台俳優として活動していて、それなりにファンもいる。よりにもよってエミリーがバーナードと付き合っているなんて!
 私はいても立ってもいられなくなって、知り合いの女性に対して手当たり次第に連絡をした。だが、ほとんど繋がらず、繋がっても断られるばかりだった。
 店のひとから閉店だから出て行ってくれと言われてしまった。まだ家に帰ることは出来ない。こうなったらナンパでも何でもするしかない。私は絶対に諦めないと決心し、足元がおぼつかない状態でネオン街へと向かった。




the KILLERSのMr. Brightsideにインスパイアされて書きました。
Fujirockが待ち遠しいです。


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