人それぞれの「生きたい」を見つける本【後編】
前回の記事では河野先生の「架見崎シリーズ」と呼ばれる小説についてご紹介させて頂きました。今回はその続き。語り尽くせぬ想いの丈を、どうぞおゆるりと暖かい目でお読み頂ければと思います。
■震えながら「生きろ」と叫ぶ異端者
さてさて。この「架見崎シリーズ」の最大の魅力は、主人公の歩の信念が本作の状況や他の登場人物たちの間で“異常”に際立つ点です。その信念とは「『生きること』を常に何よりも重要とすること」。普通、私たちにとって「生きること」が最も大切だということは、あまり違和感のないことだと思います。しかしこの小説は戦場の物語であり、登場人物たちは各々にとっての信念や打算で戦場に立ち、命を懸けます。それは彼らにとって生きることより重要な意義を果たす戦いであったり、あるいは生きるために武器をとり戦っている場合であったりと様々です。その中で歩は頑なに生存にしがみつき、自らは戦わず、そもそも武器やポイントさえ放棄して、ただただ死なないために臆病者の知恵を絞り続けます。そしてそんな彼の「生きろ」が、物語の中で徐々に異常に際立ってくるのです。
様々な価値観の嵐の中、読者は幾度となく命を燃やして戦うキャラクター達に魅せられ、共感したり、応援したくなったりするでしょう。そうして何度も新たな視点、新たな正義の側へ立たされ、多くの景色を見せられます。その果てに、もう一度香屋歩が叫ぶのです。「生きること」に比べたら、そんなものは全てどうでもいい、と。
全編にて、香屋 歩の生存戦略がこの作品の一つの魅力だと紹介しましたが、正しくその生存戦略こそ彼の信念と結びついているのです。死にたくない彼は同時に殺したくもないのです。だからこそ彼は『Q&A』という能力を手にし、その他の「戦わなければ」という固定観念を植え付ける架見崎の能力のカタログに静かな怒りを覚えていました。生存を第一の目的に据える彼が見据える第二の大目的。あるいは生存のための手段。それは「架見崎から戦争を失くすこと」。なんということでしょう。彼は閉ざされたごく小さな世界の中とはいえ、世界平和という大それた目標を掲げ、臆病者を自認しながら誰よりも険しい頂きを目指すのです。ただ、生きたいから。最高に恰好いいでしょう?
■「ウォータ&ビスケット」のテーマ
最後にこの本のタイトルにある[Theme of The Water & Biscuit]についてお話をさせていただきます。「ウォーター&ビスケット」とは作中に登場する架空の作品であり、主人公たち親友の3人組が共通して愛好するアニメです。そのアニメは西部劇のような世界観らしく、荒廃した世界をウォーターというガンマンと相棒のビスケットが旅をする作品のようです。そして主人公の口にする「生きろ」は、まさにアニメの中でウォーターが繰り返し言うセリフだったのです。
「―――生きろ。(中略) ―――なんのために?と誰かが尋ねる。作中で何度も繰り返される質問だ。ウォーターは決まって同じ言葉で答える。――そんなこともわからないまま、死ぬんじゃない。」
(初出:第一巻/p.32 - 13行目)
この文章も小説の中で何度か繰り返し登場するものです。
「なんのために生きるのか」「それを知らずに死ぬんじゃない」
このやりとりの意味をどのように解釈し、受け取るか。それが[Theme of The Water&Biscuit](ウォーター&ビスケットのテーマ)であり、この作品のテーマでもあります。
この小説を読んで多くの「生きたい」理由や意味を目にした貴方は、貴方の「生きたい」にどんな理由や意味を見出すのでしょう。
■最後にもう一推し。~シリーズ展開も豊富です~
シリーズは8巻まで出ており、まだまだ物語は続いています。小説版をゆっくり追いかける形ですが、実は漫画版も出ています。「…近々アニメ化もされないかなぁ~」なんて、三男坊師もぼやきます。 もしこの記事を読んで興味をもっていただけたなら、是非一緒に彼ら彼女らの物語を追いかけてほしいです!
【新潮文庫のシリーズ特設ページ】
特集|「架見崎」シリーズ | 新潮文庫nex (shinchobunko-nex.jp)
■書誌情報
著者:河野裕
タイトル:『さよならの言い方なんてしらない。-Theme of The Water&Biscuit-』1~8巻
発行者:佐藤隆信
発行所:(株)新潮社
発行年:令和元年 9月1日
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