見出し画像

人それぞれの「生きたい」を見つける本(前編)


■はじめに / おススメの本をご紹介

 こんにちは。自己紹介は読んでいただけたでしょうか。自分自身について語ることは苦手な私ですが、好きなものを語ることはめっぽう好きなのです。そこで私のイチオシの小説について紹介させて頂きたいと思います。
 さて、今回紹介させて頂く本は河野裕先生の
『さよならの言い方なんて知らない―Theme of The Water & Biscuit―』
です。ジャンルは小説、ライトノベルに近い感覚で読めるもので、河野先生の数ある作品、シリーズの中で「架見崎シリーズ」と呼ばれるものです。

■魅力①:現実と架空の混ざる世界

 この物語の主人公は香屋歩。自他ともに認める臆病者です。
物語の舞台は八月をループする荒廃し閉ざされた市街、『架見崎』です。その街には様々な物品と交換可能なポイントと、ポイントによって獲得できる現実離れした能力を与えられた人々が、日々“戦争”を繰り広げています。ある日、歩と幼馴染の秋穂は『架見崎』への招待状を受け取り、その戦場に身を投じることを選びます。その目的は一年前に消えたもう一人の幼馴染、トーマに関する手がかりを探すことでした。 

 この小説は一見するとデスゲームや異世界、異能力といった“ありがち”な要素が多くみられ、あまり新鮮さを感じないかもしれません。しかし、この物語はそれらのジャンルの先入観を超越した、戦争の物語です。人々は幾つかのチームに分かれ領土争いをしています。 何のための領土争いか? 廃墟に残された食糧や、生活に用いることの出来るインフラを確保するため、そしてポイントを奪うためです。ポイントは物品に交換される以上に、能力へと注ぎ込まれ、他チームを牽制する武力とされます。たった一つのコンビニエンスストアの廃墟を巡って人が殺し合い、命を落とす残酷で不可解な世界に、主人公たちと読者は呑み込まれてゆくのです。 
このように、並べられた要素は非現実的なものばかりでありながら、現実に存在する残酷な戦争の構造へと見事に組み立てられた世界観。そしてその中で戦い、あるいは生きるために策を巡らしたり、誰かに寄り掛かったり、様々な人々の感情を書き綴る文章に衝撃を受けることでしょう。

■魅力②:ルールと能力。武装放棄。

 香屋と秋穂は架見崎にやって来てすぐに「キネマ倶楽部」という中堅と弱小の中間のようなチームに入り、すぐに大規模チーム「平和な国」の宣戦布告を受けることになります。突然戦場の只中に降り立ち、紛争に巻き込まれようという状況で、知り合った人達もどこまで信用できるか分からないのです。頼りにできるものはたった一人そこに居る親友でしょうか? 或いは最初に選ばされ、与えられた能力――”武器”でしょうか? 
いいえ。彼と彼女が選びとった能力は武器ではありませんでした。
架見崎にある能力には幾つかの定型があります。身体能力を向上したり、端末や銃から光線や弾丸を撃ち出したり。他者の情報を探ったり、道具を制作したり。それら全てに当てはまらない、例外の能力も、架見崎の”管理人”と交渉することで得られます。
秋穂が選んだものは道具を作成する能力。
そして歩が選んだものは、架見崎で”最も例外的な能力”
 『Q&A』。
どうでしょう? 厨二心がくすぐられるではありませんか。
能力の内容は、ざっくり言うと「月に一度”管理人”に質問を行い、ポイントを代金に嘘偽りない解答を得られる」というものです。
この能力で臆病者の主人公がどのように身を守り生き延びるのか。それもこの小説の魅力の一つと言えるでしょう。

 余談ですが、この小説のシリーズでは第2巻以降架見崎という町の大まかな地図の上に、それぞれのチームの勢力図のようなものが示されたページが巻頭にあるのです。これは物語内で実行される作戦に複数のチームの領土の位置関係や地形が大きく関わるため、読者の理解を助けるものとしてあります。そしてこの勢力図は巻を追うごとに、物語内の状況に合わせて変化します。毎回巻頭の地図を見て、今回はどのようなトリックが歩の知恵から飛び出すのかと想像するのも、このシリーズの醍醐味の一つとなります。この小説をミステリと分類するのならば、犯人、あるいは黒幕というのは主人公本人なのです!(河野先生の作品の主人公は黒幕のことが多いです(汗))
……お察しの通り、つまるところ第2巻の勢力図は第1巻のネタバレを大いに含むということなので、この場でご覧に入れることは控えさせていただきます。 口惜しや。

■おわりに / 「おわり」と言いつつまだ有ります

―――やれやれ。
好きなモノ・コトについて語りだせば、延々と語りだしてしまうのが私のような輩だと、これは自己紹介でお話したことですね。そんなこんなで、この小説の紹介も後編へ続きます。
この記事で「もううんざりだ」といった方はこの辺りで。「もう少し教えてくれよ」と感じて下さった方は後編でまたお会いしましょう。

■書誌情報
著者:河野裕 
タイトル:『さよならの言い方なんてしらない。-Theme of The Water&Biscuit-』1~8巻
発行者:佐藤隆信
発行所:(株)新潮社
発行年:令和元年 9月1日

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?