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日本の”saké”を確保せよ!?王室御用達ワイン商が仕掛ける新ビジネスとは

和食の普及とともに海外でも日本酒の需要が急増しています。製法や飲み方には若干の誤解も孕みながらも、2000年の歴史と繊細にして多彩な味わいは人々を惹きつけるのに十分なポテンシャルを有します。英国の嗜好品市場で地位を確立しつつある日本酒の話題です。そしてスペルはsakeじゃなくsakèが正解です。この辺りの細かい話も合わせてお送りします!

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◎”Heaven’s Saké”(どうにか日本酒を!)

Berry Bros.Rudd(以下BBR社)は英国最古の歴史を誇るワイン商で、1698年以来良質のワインを王室を含め英国の上流階級に供給し続けてきました。その取扱い商品はワインに限定されず、シングルモルトやラムなど時代のトレンドを的確に捉える先進性で嗜好品市場において確固たる地位を築いてきました。そんなBBR社が本腰を入れようとしているお酒(①tipple)が日本の”sakè”です。

英国における日本酒需要の伸びは著しいものがあり、直近の23年度でのBBR社の日本酒売上高は過去3年分を合計した数量の倍を記録しました。普及が進む和食と合わせる食中酒として日本酒は英国の嗜好品市場における存在感を増している様です。発泡するタイプのものもありスパークリングワインを彷彿とさせる華やかさもあります。

需要が高まる事は良い事ですが、日本酒の生産量は一定ですので日本酒の希少価値は日に日に高まります。こうした場合にワインなどで導入されているのがエンプリムール(②en primeur)と呼ばれる方式です。フランス語で”瓶詰め前”という意味の言葉ですが、言ってみればワインの先物取引のようなものですが、BBR社がこのエンプリムールの方式で日本酒の販売を開始して話題となっています。

エンプリムールにおいて買い手は樽詰めして6ヶ月くらいの時点で採取されるサンプルの出来栄えを手がかりに有望な原酒を購入します。希少価値が高いという事だけでなく、一過性の人気ではない継続的な需要が見込める定番の嗜好品でのみ可能となる販売方式であり、BBRが日本酒でこれを始めたということは日本酒が嗜好品としての威信(③cachet)を得た事が伺われます。

ただしこうした急速な普及には少々の誤解と都市伝説がついてまわります。そもそも日本酒はrice wineと訳されますが、製造方法からすればwineと同種とは言えません。確かに葡萄にせよ米にせよ酵母を加えてアルコールにかえさせる醸造(brew)という点で大きくは変わりありません。しかし。wineの場合は葡萄が持つ糖分をそのまま使えますが(単発酵)、日本酒の原料である米が含むのは糖ではなくデンプンです。そこで麹を使ってデンプンを糖にかえる事が必要となります(並行複発酵)。この点では麦芽を糖化させるビールの方により近い立ち位置です。

乾杯の方法論や作法と共に日本酒の、もとい日本人のお酒との付き合い方についても様々な噂や憶測が飛び交っているようですが、季節の変化を楽しみながらお酒を楽しみ蓄積したノウハウは2000年分です。誇るべき文化的な資産として、世界に広まっていく事を祈ります。

□本日のポイント■■■

①tipple/お酒

いつも飲んでいるお酒という意味です。ちょっとづつ樽や瓶からお酒を出して飲むという意味のtippleという動詞に由来します。My favorite tipple is…と語り出せばビール派なのかウィスキー派なのかという楽しい話が始まります。文中には他にもboozeという言い方も出てきましたが、これはbüsen(過剰に飲む)というドイツ語に由来し、だいぶパワフルなゲルマンの空気感です。

🔳 Saké sales in Japan are only a quarter of what they were in 1973 — all the more reason for them to celebrate growing British appreciation of a 2,000- year-old tipple.

(試訳)日本での酒の売上金額は1973年の4分の1にとどまっており、この2000年の歴史を誇る酒が英国で人気が出るのはなおのこと有難い話である。

② en primeur /エンプリムール

フランス語で”瓶詰前”という意味の言葉です。ワインの慣行ですが、樽に詰められて6ヶ月くらい経過したあたりでサンプルが出回って、その品質と将来性を判断されると瓶詰め前にお買い上げという事になるそうです。瓶詰めして売り出すのは樽詰めから18ヶ月後程度なので1年くらい待ってワインが手元に届くというスケジュール感でしょうか。当然ボトル一本といった単位でなくダース単位での購入となります。支払いは購入時ですが、ワインが手元に届くのは市場にリリースされる1年以上先という仕組みです。ワインがサンプルへの期待のとおりのものになれば市場に出回ってから高値買うよりも手頃な価格で良質なワインを入手する事ができますが、必ずしもそうなるとは限らない一種の投機というわけです。一方で売り手にすれば手元のワインを早々にキャッシュに変える事ができますので、資金繰の改善という効果がある他、一定の水準を毎年維持して信頼を得る事ができれば販売が安定するという良質のインセンティブにもなります。

🔳Berry Bros & Rudd, Britain’s oldest wine merchant, has started selling saké “en primeur” — before bottling — a practice favoured by collectors in search of competitive prices.

(試訳)英国で最も歴史のあるワイン商であるBBR社が日本酒のエンプリムール販売を開始した。これは”瓶詰前の”という意味であり、お買い得な価格で買う事を画策するコレクターに好まれる慣行である。

③cachet/威信

手紙が文書が公式な承認を得た事を示す封印(seal)の事を意味する言葉でした。lettre de cachetというと王様が承認した逮捕令状という事でちょっと物騒ですね。ここから意味が転じて何かの承認を得たもの、名声という意味になり、cachetがあるという事は威信や名声があるという事になります。cash-AYみたく発音するのは要注意です。

🔳This suggests saké is assuming a certain cachet, a drink to be savoured, not gulped.

(試訳)これは日本酒が一定の威信を得たという事を意味する。味わうためのものであり、がぶ飲みするようなものではないという事だ。

◇一言コメント

Heaven's sakèというタイトルですが、疑問や要求を強める口語表現のfor heave's sakeにかけているようです。しかし、注意すべきなのはeの上についている点です。これはアキュートアクセントと呼ばれる点で、意味合いとしては普通は発音しないですけど、外来語由来などで特別なので発音してあげてくださいね、という感じです。sakeだけだと例のfor heaven's sakeのsakeのように”せいく”と読まれてしまうのでeが発音されません。そこで点をつける事で、このeは特別なので発音してくださいねという事を示し始めて”さ・け”と発音してもらえるという事ですね。同じような例としてPokèmonがあります。Pokemonだと”ぽうくもん”みたく発音されちゃうので、èはエで発音してねという感じです。とはいえ、だいぶ好き勝手に発音されている感じですけども。

BBRはウィスキーでも有名なので日本酒のエンプリムールと聞いた時はおお!となったわけですが、冷静に考えてみると微妙かもしれません。長期間保有する事に大きな意味のあるワインと違って日本酒にとって時間の経過は味方とは言い切れないものです。古酒という小さな例外はありますが、基本製造から時間が経つと酒質は劣化して味が落ちます。つまり海産物や果物と同様に新鮮な事が価値なので、希少価値が高いものをエンプリムールで押さえたからと言って飲まずにずっと持っているのは愚行と言わざるを得ません。日本酒の愛はコレクターよりも酒飲み達に向いているようです。また日本酒のグレードは吟醸、大吟醸というような酒米を削る割合で決まります。このあたりは英国の酒飲み達にはで未だよく伝えられていないのかもしれません。正しく伝わればフレッシュな生酒を楽しみに日本に旅行するというインセンティブとなるかもしれませんね。

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