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映画感想「BONES AND ALL」


昨年、劇場公開中に観た映画である。
昨年観た映画の中で、衝撃というか、印象の濃さではトップかもしれない。
理由はいくつかあるので、語らせてほしい。
(ネタバレを含みますのでご注意ください。)

赤、赤、赤


序盤は人喰いホラー感が強く、ホラー系の刺激に強くない私は心が折れそうになった。
しかし、カニバリズムがテーマかと思わせながら、この映画の本当の軸はそこにはない。
序盤は恐怖心を煽ってきた血液の赤が、展開が進むにつれて違った印象で目に飛び込んでくるから不思議である。
人を喰う衝動を抑えられない少女、マレン18歳(テイラー・ラッセル)。
その習性からたびたび人を襲い、父と土地を追われるように逃げながら生きてきた。ある時、また人を襲ってしまったマレン。朝起きると父は消えており、代わりにテープレコーダーが残されていた。それを手がかりに、マレンは幼いころに生き別れた母を探しに旅に出る。
同じ人喰いであるサリー(マーク・ライランス)との遭遇と、サリーのマレンに対する異常なまでの執着。
そしてまた同類であるリー(ティモシー・シャラメ)との出会いと、恋愛。
同類であり、社会から遮断された精神病院で生涯を過ごすことになる母との対面。
カニバリズムを題材として登場人物が絡み合い、血まみれの愛憎劇が展開されていく。

絶対的なマイノリティーである彼らにとって同類の存在はそもそも稀有であり、さらに愛し合える存在など、奇跡に近い。サリーが言うように「(人を喰べた後の)血が乾くまで、そばにいた」存在を、求めているのだ。
ラストまでずっと血まみれの赤、赤、赤。
欲にまみれた衝撃的な赤から、慈愛に満ちた赤まで。
強く印象づけられるその色に、鑑賞後に抱く印象は十人十色だと思う。
私が抱いた印象は端的に、美しい、だったけれど。

ティモシー・シャラメの圧倒的色気


「君の名前で僕を呼んで」のラストシーン。あのときのティモシー・シャラメの表情に心を奪われた私は、彼の演技みたさに映画館に足を運んだ。ましてや「君の名前で僕を呼んで」と同様、ルカ・グァダニー監督と再タッグを組んだというのだから見逃せない。
王子様系のルックスでファンも多い彼だが、今回の作品は王子様とはかけ離れている。
人喰いのワル。
素行も行儀も悪く、ターゲットを誘いだして喰い、さらに所持品を盗む悪党ぶりである。
そんなワルであるリーが、初めて同類の女の子、マレンと出会って行動を共にするうちに、単に同類というだけでなく、お互いに埋まらない心の穴を埋めあえる存在となっていく。
ワルが殺気を封印させ、大切な存在にだけ見せる優しいまなざし。
人喰い後の血まみれのリーの姿。飢えが満たされた後のどこか恍惚としたその表情には、狂気と色気が混在し、どうにも艶めかしい。
刹那的に欲求を満たす快楽と、その衝動に逆らえないことへの自己懐疑。
言えないし癒えない過去があることと、それを打ち明ける弱さと強さ。
リーという人物の複雑な感情の層を、ティモシー・シャラメは見事に表現している。
圧倒的な色気とともに。

構造は純愛ロードムービー


人喰いという題材やサリーの狂気が強烈なインパクトをもっているため、すこし難解に感じる方も多いかもしれない。しかし、あれこれ装飾を外していくと、この映画は意外とシンプルな純愛映画であり、ロードムービーなのだと気づく。
マレンとリーの関係性において、カニバリズムは「逃避型ロードムービー」を構成するためのひとつの要素である。他人と分かり合う奇跡を伝えるための、極端なメタファーとでも言おうか。
あくまで、心から分かりあえた恋人同士の純愛が描かれているのである。
弱さを見せ合って、社会から認められることのない生き方を共有する二人。
あの衝動を消せない限り安住の地は無く、逃避行は続く。
それでもずっと一緒にいようとする、お互いを必要不可欠な存在と捉える、そんな愛情。
スクリーンに映し出される血の色が、最終的には二人の愛を可視化したものに思えてくる。
生温かくて、妖しく、どうしようもなく刹那的で、美しい色。


なかなかにグロテスクな場面も多いので、苦手は方もいるかもしれない。
しかし、えぐいだけではないのは確かだ。
観終わった直後は圧倒されて、感想もうまく言語化できなかった。
頭の中はまとまらなかったが、それでも私は、なんだか愛を信じたくなった。

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