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紫陽花

その朝も雨が降っていた。
夜明けから絶え間なく降り続く雨は、
静かに街を包み込んでいた。
梅雨特有のしとしととした雨音が、
窓越しに響いてくる。
まるで、途切れのないモノローグのように、
そのリズムには切れ目がなく、
単調でありながらもどこか心地よさがあった。

庭先には、満開の紫陽花が咲き誇っている。
濡れた花弁が光を反射し、
しっとりとした色合いが一層深まって見える。紫陽花の花々は、雨に打たれながらもその姿を保ち、静かに佇んでいる。
雨の粒が次々と花弁に落ち、
滑らかに滴り落ちていく。
その動きは、一瞬の輝きを見せては消える、
儚い命のようだった。

窓辺に立つと、ふと、
紫陽花の香りが微かに漂ってくる。
雨の湿気が香りを運び、
その淡い香りが部屋の中に広がっていく。
思わず目を閉じ、その香りを深く吸い込んだ。記憶の底から蘇るのは、
幼い頃に雨の日の庭で過ごした懐かしい時間。あの頃の紫陽花も、
今と同じように雨に濡れて美しく咲いていた。

庭を見つめるうちに、
時間の流れが静かに感じられる。
紫陽花の花弁が色を変え、や
がて散りゆく様子を思い浮かべると、
そこには自然の無常が見えてくる。
しかし、その無常の中にも確かな美しさがあり、雨に濡れる紫陽花の姿は、
まるで永遠の瞬間を切り取ったかのようだ。

雨音に耳を傾けながら、
私は温かい紅茶を一口飲んだ。
窓の外の紫陽花を眺めるこの時間が、
心に静かな安らぎをもたらしてくれる。
雨の中で生き生きと咲く紫陽花は、
自然の力強さと美しさを教えてくれる存在だ。やがて雨が上がり、紫陽花が陽の光を浴びる時、その輝きはさらに増すことだろう。

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