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認知症になった母の助言

認知症になった母を3年ほど面倒見た経験があります。いつも「財布を盗まれた」「泥棒が入った」と妄想で警察に電話をしてしまうんです。そんな日の夜、官能小説を書いていたら、いきなり部屋に上がってきて「何を書いているの?」と聞きました。

「実はエッチな小説を書いているんだ」

 気まずそうな顔で答えると、普段は支離滅裂なことばかり言う母が、このときばかりは違っていました。

「恥ずかしがることなんかないよ。人間はセックスで生まれて来るんだから。性にいやらしさや後ろめたさを感じるなんて日本人だけ。これからはエッチなことを堂々と書けばいい」

 この言葉に何度救われたかわかりません。今まで「官能小説を書いている」と告白すると、周りは軽蔑したようにニヤニヤするんです。そんなとき、母の言葉を何度も思い出し、自己肯定感を高めるのです。自分を好きになるのは、一番大事なこと。

 母の何気ない一言が常に僕を明るい気分にしてくれました。人を傷つけるのも幸せにするのも、やはり言葉なんですね。

去年の春、額縁の中に入ってしまった母ですが、もっと親孝行しておけばよかったと後悔しています。

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