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仕事と育児の両立。私がもし仕事をしていなかったらよかったのかなと思うとき。

6歳と1歳のこどもがいて、ここまで何とか仕事を続けているけどもう、潮時なのかなと思うことがなくもなかった。

例えば。

この春入学式を欠席した息子。
前の週に、入院してしまった。
卒園式の日にも具合が悪く、そのあと、元気になったので3月末まで保育園に通っていた。
けど、もし、私が仕事をしていなくて、
卒園式のあともずっと家でみてあげられていたら????

入学式に出られたかもしれない。

卒園式に体調を崩した原因は、遡ると前年12月に入院したことが引き金かもしれない。
なぜ入院したのかというと、それは、弟が保育園でもらってきた一般的な病気が家庭内感染したからだ。

もし私が仕事をしていなかったら????
弟はまだ保育園に行っていなくて、家庭内感染もなかったかもしれない。
それまでは元気に過ごしていたのに。
私が仕事をしていなければ、
息子(兄)が入院を二度も短期間にする必要はなかったのではないか。

そう考えたら私は罪を犯したのかもしれない。

仕事をしないと生活できないにもかかわらず、仕事は贅沢品だ。
いや、そもそも、子どもをもつことが贅沢なのかもしれない。

他にも、上の子が遠視で視能訓練をするときも、もっと私が家にいられたらと思った。ちようどコロナ禍に入り、偶然仕事はそのままに、訓練は進めることができた。

仕事がなければ、下の子が3歳になった時、保育園以外の選択肢も増えるかもしれない。

上の子も、小学校生活がうまいこと軌道に乗るかわからない。学校生活サポートにかなりの時間をさかないといけなくなるかもしれない。

仕事をやめてしまえば、息子たちはハッピーだろうか。

お金のことは横に置いたとして(死活的な大きな問題ではある)、もし、もしも、私が仕事をしていたら息子たちの命や健康に差し障りがあるのなら仕事は、少なくとも今のサラリーマンという身分は手放すべきなのだろうと思う。

仕事のあるなしで生活は一変するだろうけど、何より大切なのは家族の存在だと思う。(みんなが元気なうちは、ともすると、忘れることもあるかもしれないが)

でも、だからこそ、働く機会をいただけているうちには、誰かの役に立ち、自分を役立てていきたいと思う。

私がいなくても会社の仕事は回る。

でも、だからこそ、私で良かったと仕事で関わる人に言ってもらえるようになりたい。

子どもの教育や栄養など、さまざまなことを考えて、仕事をやめたり働き方を変えている方もいらっしゃる。私も、そうしなかった反動というか、ツケというか、世の中のかあさんのようにうまくやれていないことが多い。その点、義母にも心配されている。

でも、私もいちばんは子どもたち、家族なんです、と気づいたことを書き記してみた。

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